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キャラクターの魅力『冷たい密室と博士たち Doctors in Isolated Room』を読みました《評価・感想・レビュー》

助教授の日常

 私は大学に通ったことがない人間なので、大学というものがどういうものなのかが今ひとつ理解出来ません。全く、未知の領域です。普段、私が大学生の方々と接する際に「単位が取れないかも知れないから大変」というようなお話も聞くのですが、単位というものがどのようなシステムで運用されているのかもよく分かりません。しかし、疑問に思ったからといって「単位ってのは何なの?」と尋ねることも憚られる、というか、別にそこまで気にもなっていないし、「まあ、それは落とすと大変なものなのだろう。出席回数やテストの成績、提出物などで総合的に判断され、評価されるものなのだろう」というような認識ですが、合ってますかね。単位の取り方は大学によっても異なるようですし、既に社会人の私が深く理解する必要もなさそうなので、思考の片隅に追いやっておきます。

 今回は、そんな大学のことをよく理解していない私にとって、少し勉強となる小説でした。大学の助教授の方が参加している会議のことに触れられていたのですが、「ああっ、これは会社の会議と一緒だ!」と感心しました。そう、会議の相当な時間を不必要な内容で占めているわけですね。私は会議やミーティングといったものに幻想を抱くタイプではありませんが、それらを実施するのであれば、時間の使い方において有益なものにしたいと考えています。よくありがちなのが、会議と題しているにもかかわらず、実際には報告会になっていたりすることです。そのせいで消費される時間が無闇に長大になる。

 会議はせっかく多くの人間が集まるわけですから、端的に意思を決定する場にすれば良いのです。普段決められないことを統一し、方針を固めることが本来は有益なことではないでしょうか。しかし、それを決定するまでのプロセスの中に、不必要な要素(報告・過去の振り返り)も含まれているせいで内容がまとまらなくなる。そうした場合は優秀なタイムキーパーを設けることが必要ですが、会議にタイムキーパーがいないこともままあるので、それはそれで問題かな、とも思う。大体の場合は書記がいるので、その人物がタイムキーパーの役割も担えば良いとは思うけど……。

 さて、脱線してしまっていますので本書の感想へ移っていこうと思います。本書は文庫版で422ページ、のんびり読んでたら二日間ほど掛かりました。実質は6時間程度で行けるかと。

第1作目と比べると?

 今回も前作同様に密室を題材として殺人事件が発生します。それに犀川助教授と西之園萌絵が巻き込まれるのですが、インパクトという面では第1作目の『すべてがFになる』よりは弱かったかな? しかし、十分楽しめる内容でした。それと、今回は前作よりも主人公のお二人の性質がよく分かる内容で、私は「これはもしかしたら、キャラクター小説なのかも……」なんて考えてしまいました。犀川助教授も西之園萌絵も非常に濃い人間で魅力的なので、お二人の言動や行動を追っているだけで楽しめるのです。犀川助教授はドライ、西之園萌絵はホットという感じでしょうか。場合によっては変わりますけどね。

 とても有名な話ですが、作者の森博嗣はデビューする際に既に4作品を書き上げており、本来はこの作品が処女作で、前作の『すべてがFになる』が4作目だったのです。しかし、当時の編集者の方が衝撃なデビュー作としたかったということで『すべてがFになる』を1作目としたそう。「これは英断だった」と森博嗣も後年語ったようです。そうした事実も勘案すると、1作目の方がインパクトがあったと感じるのも当たり前かも知れませんが、私はミステリとしてのインパクトは二の次で、人間を読むことの方が好きなので、本書についても楽しめる要素は多くあり、素晴らしい内容であったと評価します。そして、相変わらず古さを感じない内容でした。

 ところで、コーラとカルピスを混ぜるとキューピットというカクテル? 飲料になるそうなのですが、これって有名なのでしょうか。カルピスは原液でないと本来的ではないらしいので、近々、コカコーラとカルピス原液を買って挑戦してみたいと思います。うーん、しかし、極限に甘そうな気はするけど。以下はやった方のブログ。

 カルピス∞(インフィニティー) カルピス+コカコーラ

殺人に至る動機について

 本作で犯人の動機が明らかになって、私は「なるほどな」と納得していましたが、他所のレビューなどを見ると「動機が弱い」などと書かれているのが見受けられました。そこで私は「?」となってしまったのですが、人が人を殺す時の動機に強い弱いがあるのでしょうか? そんなもの、他人が評価出来るのでしょうか? フィクションにおいて、それこそミステリにおいてトリック以外にも動機について語られる機会が多くありますが、私は動機の強さや弱さを語ることはナンセンスだと考えております。むしろ、ノンフィクションのこの世界において、そんな理由で人を殺しちゃうの? なんて事件はいくらでもあり、場合によってはヤンキーが目が合ったという理由だけで殺し合いに興じてしまう世の中です。そうであるなら、動機など勘案するだけ無駄だと思いますが。

 私はこの作品で終盤語られる事実には一定の説得力があったと思いますし、この内容で「動機が弱い」なんて語る方に対しては逆質問で「あなたが考える、最も適切な殺人の動機は?」と訊いてみたい。どんな回答が返ってくるのか、楽しみです。

研究施設の描写が楽しい

 さて、冒頭で私は大学に通っていないことが判明しましたが、そんな人間にとって単位以上に謎なのが<研究>です。世の科学者たちは皆、人類が良くなるための研究に興じていると信じておりますが、しかし目に見えない研究者たちはどういった研究をしているのか? 私は気になっておりました。ウェブで検索すればいくらでも論文とか出てくるのでしょうけど、うーん、どうにも行動力が伴わなくて、そこまでいかない。

 今回の作品では極地研でどのような研究が行われているかが具体的に記述されていたので、フィクションだとしてもそうしたものが分かり興味深かった。西之園萌絵が研究の様子を見て「何をしているのか分からないし、退屈」といったような評価をしていましたが、大体、世の中の研究ってそういうものなのでしょうね。一般的な目で見ると、本質的な評価は下されないのが研究、成果が出た時に初めて理解されるといった感じか。

 犀川助教授がとても本質的なことを述べられておりましたので引用します。

「だいたい、役に立たないものの方が楽しいじゃないか。音楽だって、芸術だって、何の役にも立たない。最も役に立たないということが、数学が一番人間的で純粋な学問である証拠です。人間だけが役に立たないことを考えるんですからね」

by犀川創平(森博嗣/『冷たい密室と博士たち Doctors in Isolated Room』より)

 本日はここまで。【管理番号:も001-001-002】

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