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没個性テーマパーク:EXTRA

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絶望への強烈なカウンター『ただ、それだけでよかったんです』を読みました《評価・感想・レビュー》

いじめの多面性を描く意欲作

 第22回電撃小説大賞<大賞>を受賞した本作。第22回の応募総数は4,580作品だったそうです。相変わらず電撃小説大賞の人気度が高い。

 私は本作の表紙だけ見て、何だかロマンチックな絵柄でしたので「感動作なのか!?」と思って本書を購入しました。正直なところ、それは壮大な勘違いで、全くこの小説は感動作ではなく、むしろ超ブラックな内容なのでした……。

 しかし、読み終わって思ったのは「この作者は凄い挑戦を仕掛けて来たな。あと、電撃文庫の編集部の挑戦意欲も凄い!」というものでした。この内容で、どうして電撃小説大賞に応募したのかは全く分かりませんが、大賞を受賞したのですから正解でしたね。最近の電撃小説大賞受賞作の多様さには目を見張るものがあります。メディアワークス文庫があるから、というのもあるでしょうけど、編集部の「世の中に様々な、通り一辺倒ではない小説を送り届けよう!」という気概すら感じます。

 さて、見出しにもある通り、本作は<いじめ>を鮮烈な描写で綴った挑戦的なストーリーです。作者の松村涼哉は学生時代に社会学を専攻していたようですから、そうした面も本文に効果的に現れているのではないでしょうか? 多分。楽しめる……内容なのかは人によるかも知れませんが、なかなか衝撃度の大きな読書経験となったことは間違いありません。本書は280ページの文庫で読書時間は3時間弱といったところでしょうか。

あらすじ

 ある中学校で男子生徒のKが自殺した。彼は謎めいた「菅原拓は悪魔です」という遺書を残していた。菅原拓は自殺した生徒のクラスメイトであり、Kを含めて4名の生徒を支配し、凶悪ないじめを繰り返していたようだ。しかし、当の菅原拓はそんな人間には見えない、むしろどちらかというと暗く物静かな生徒だと周囲には認識をされていた。いじめを受けていたKを含む4名は明るく活発なグループで、菅原拓とは正反対の存在であったのに、どのようにいじめを受け、追い込まれていったのかが誰にも分からない。謎が謎を呼ぶいじめの真相に、Kの姉が使命感を持って挑む。だが、この事件には誰にも予想が出来ない、恐るべき真実が隠されていた。


第22回電撃小説大賞〈大賞〉受賞作『ただ、それだけでよかったんです』PV

 PVがあってビックリ

 いや、今の今まで知らなかったのだけど、最近はこうやってPVもあるんですね。電撃やるなぁ。本作を読み終えた私が見ても、上手く出来ているPVです。物語のおいしい部分をしっかりと表現していますね。

 他の受賞作のPVもあるのかな? その内、調べてみようと思います。

読むなら覚悟をして読むべき作品

 さて、こちらからネタバレを織り交ぜながら本作について感想を綴ろうと思います相変わらず、前段が長いのは申し訳ありませんが、ご容赦ください。

 本作の主人公は誰だったのか? 最初は勘違いをしておりまして、自殺の真相を探るKの姉だと思っていました。この小説は、基本的にはKの姉と菅原拓の二者によって語られていきます。お二人が語り部なわけですね。Kの姉は現在を語り、菅原拓は過去を語る役割です。その二人の視点が行ったり来たりして物語の真相に近付いていく、と。この構成自体はミステリとして良く出来ている印象を受けます。読者自身も事件の真相を探りつつ、お話に参加出来るわけですね。Kの姉は天然っぽい所もありますが、良きお姉さんといった感じで、弟の死の真相を探っていきます。

 Kの姉は行動力が抜群で、事件の外堀から調べ上げ、更に事件に関わりがあったと思われる人物に体当たり取材を続けます。これは、無鉄砲でないと出来ないことですが、それだけKの死に対して自分は何も出来なかったということに責任を感じてでしょう。なかなか泣かせる姉弟愛です。

 しかし、読み続けていく内に、このお姉さんと読者が真相に近付いていく度に、どうしてKが自殺したのかが徐々に明るみになっていくのですが、もう先にも書きましたがマジで驚愕の内容ですからね。私は思わず「マジか! そんなことがぁ!」ってなりましたからね。本当に居た堪れない結果に繋がっていくので、全部の真相が分かると感情が真っ黒になります。それくらい覚悟して読まなきゃならない小説なのです。

 なんで、感動する作品だと思ったんだろう? 間違えても感動はしないと思いますが、動揺はする作品です。ちなみに、主人公はKの姉ではなく菅原拓だった、というのも読み終わると分かります。

登場人物がクズい

 見出しで書きたいこと書いちゃいましたが、出てくる登場人物達がもうクズ過ぎて凄い。右も左もクズだらけです。まともな人間を探す方が苦労しますが、私の印象だとまともな人間は全登場人物合わせて1人くらいしか思い浮かびません。嗚呼、なんて世知辛いストーリーなんだ。心が病む。しかし、この多人数のクズっぷりを描いてくれた作者には喝采を送りたい。なかなかここまでは書けないと思うから。

 読書体験っていうのは、単純に感動だけを追い求めるのではなくて、世の中の暗部も知る事が出来る点が優れていると思います。闇を描く事によって「辛過ぎる! しんど過ぎる!」という印象を読者に与えるのも作者次第です。そう考えると、なかなかこのクズの描きっぷりは褒められる点だと個人的には思うわけです。

 最初は良い人だと思ってたあの人も、あれ、この人も? もしかしてこいつも!? うわ、クズばっかりや! と、気がつく頃には術中にハマっている感覚がありました。ただ、本当に優しくて誠実で人を助ける事に生きがいを感じるような人間なんて世の中には一握りしかいないでしょうから、真実の一端を突いていると言えば、そのような気もします。多分。

 登場人物達の清々しいクズっぷりは、なかなかこれまでの小説では体験出来なかった部分です。戸梶圭太の小説にはクズが沢山出て来ますが、それともまた違うクズっぷりですからね。しかし嫌いじゃありません。

物語の中枢を担う設定『人間力テスト』

 菅原拓が通う学校には、他の学校では実施されていない『人間力テスト』なるものがあります。これは物語の冒頭から解説が入るので、噛み砕いて簡単に説明してみます。

 人間力テストとは──学校に通う生徒同士が優れた人間を抽出するために実施するものである。例えば生徒にはこんな出題がされる。「政治家になるために必要な素質とは? 次の3つから選びなさい」「会社で出世するために必要な能力とは? 次の3つから選びなさい」。例えばこれらの回答が<発言力><優しさ><頭の回転>などだったりする。そして、次の設問には「クラスで一番、発言力があるのは誰か」「クラスで一番優しいのは誰か」などの回答を、自分以外の生徒名を入れて答える。これらを集計して、人間として優れた者を具体的に抽出し、ランキング形式にする。これがえげつない人間力テストというもの。

 このテストの結果は、学校側はすべて把握しているが、生徒自身には自分の順位だけが分かるようになっている。うーん、面白いですね。この物語には、この『人間力テスト』が根底に組み込まれていて、生徒達の悲喜劇を表面化させています。

 ちょっと勿体無いと思ったのは、この魅力的な設定を描いていたにも関わらず、実際に人間力テストが実施されているシーンがなかった事ですね。これが描かれていて、更に本筋と逸れても良いから別の生徒達のいがみ合いなんかが書いてあると、このテストが生徒達にどのような影響を与えているのかが、もう少し分かりやすくなったんじゃないかな。

 まあ、必要ないから削いだのでしょうけど。設定は優れていると思いました。実際に、現実でこのテストが導入されたら一瞬でPTAに潰されそうですけどね。恐ろしいテストだわ。

Kについて思ったこと

 超ネタバレになりますが、自殺をしたKはもともと菅原拓と親友同士だったという話があって、過去のエピソードではその仲睦まじさが好意的に、そして優しく描かれています。しかし、この二人がある出来事をキッカケに、全く違う関係性に陥ってしまいます。「ええ! そんなことあるのか?」と正直思ってしまいました。何せ、Kと菅原拓の仲の良さは強固な信頼で結ばれているように感じたからです。しかし、この学校のシステムや些細な見栄とか、人間関係とかが絡み合って救いようのない間柄となってしまった時に「そこまで変わってしまうのか?」なんて風には感じた。ちょっと、この二人の関係性の変化が、看過出来ない程で、それは余りにも不自然な感じがしました。この不自然さを取っ払うには、どういう表現が本来正しかったのかは分からないが、私はKにだけはまともであって欲しかった、と思ったのかも知れない。

 Kもまともじゃなかった。悲しい。

 Kはこの物語の中で唯一、死者として扱われるから、死者は酷く描いて欲しくなかったのかも、無意識的に? だけど、そうもいかなかったので、結論として、菅原拓にしてもそうだが、この物語で救われた人間は誰一人いなかったんじゃないか? と思います。これだけクズばかりの世界で、Kや菅原拓が救われないで終わったら(Kは死んでるけど)、結局何を描きたかったんだ? と言わざるを得ません。何だが結末辺りで菅原拓は救われたみたいな感じで描かれてたけど、あれでは本質的には救われてないんじゃないのか? まぁそれは読み手次第だとは思うけど。

 ここで物語の最後に、誰かに対しての救済が明確にあったのなら、もう少し人に薦められる作品になったのではないかと思うと少し残念な気もします。しかし、それすらも作者が意図しているのであれば、良い意味で私の完敗とも言えるのですが、それはもう、正直なところ分かりません。だからこそ、読むのには相当な覚悟が必要だと感じるわけです。ぶっちゃけお薦めはしませんよ。このテキスト読んでる人は、もう読んだ後の人でしょうけど……。

 ちなみに、私は懲りない人間なので、作者の二作目も読もうと思ってます。もっとクズが沢山出て来たら良いなぁという期待も込めて。

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