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没個性テーマパーク:EXTRA

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2047年、宇宙と地上に引き裂かれる恋人たち『ほしのこえ』を鑑賞しました《評価・感想・レビュー》

人類史上最長の遠距離恋愛

 恋愛においての相手との距離感は非常に大切であって、物理的距離・精神的距離が近ければ近いほどに深く相手を知ることが出来るが、そのいずれかが離れてしまうと、途端に相手の存在すらも感じられなくなってしまう。如何に通信機器が発展した現代であっても、電話やメールだけでは本質的な距離を縮めることは難しい。本当に相手との距離を詰め、互いを認識したいのであれば、実際に逢うことが大切だ。しかし、様々な制約からそれが叶わなくなってしまった時に、人は何を思い、何を感じるのだろうか。

 愛する人と離れた時に打ちのめされる人間を癒してくれるのは<時間>だと言われている。たとえ二度と逢えなくなっても、会話を出来なくなっても、赤の他人になっても、時間は思いを風化してくれる。しかし、あるとき不意に、それでも相手は存在しているのだと頭を過ぎり、どこかで誰かと話をして、考えごとをして、朝は起きて、夜は眠って、それを繰り返しているということに気が付くと少し息が止まる。そんなこと当たり前なのに。気持ちの蓋が開きそうになってしまうことが怖ろしくて、別のことに意識を向けたり、なるべく本を読んだり映画を観たり空を眺めたりして、そういった行為が、自分を騙すことだと気が付いているのに、でもそれが当然になってしまう。

 宇宙と地上に引き裂かれた場合、物理的・精神的に加えて時間的距離についても加味しなければならない。地上と宇宙では時間の進み方が異なる。<ウラシマ効果>という現象があって、光速に近い速度で運動をしている物体の時間の進み方は、静止している観測者に比べて遅くなるという現象である。 宇宙で光速に近い乗り物で何年も旅行し地上へ帰って来れば、地上の同級生たちは皆、年上になっている。

 もし10年も経てば、また出逢った時に、その人を愛することは出来るのだろうか。

あらすじ

 2039年、人類は火星に到達するが、謎の宇宙生命体タルシアンに全滅させられてしまう。これはかなりショックな出来事だ。そういえば全滅ってひらがなで書いた方が絶望感が大きい。「ぜんめつ」ほら、かなり変わった印象でしょう。

 さて、火星に最初に到達した人類は「ぜんめつ」したが、それでヒトがへこたれるわけもなく、逆に火星で見付かったタルシアン・テクノロジーで色々な様々な科学技術を発展させた。その点ではタルシアンは有益な存在であった。

 その後、タルシアン調査のために人類は調査団を結成する。しかし何故か若い少年・少女が選抜メンバーに選ばれるらしい……きっと、おじさんおばさんだと純粋じゃないから調査するにしても黙って従ってくれないのだろう。そこで中学生の子どもたちを利用する国連軍、容赦ないね。

 同級生のノボルとミカコはとても仲が良いのだけど、何故か付き合ってない。中学生だし、そういうのは高校生になってから……なんて思っていたのに、ミカコが国連軍の選抜メンバーになってしまい、二人は宇宙と地上に引き裂かれてしまうのだった。


「ほしのこえ」予告編

25分で切ないし、ずっと切ないまま

 最近、新海誠監督の『君の名は。』が大ヒットしていますが、私はまだ観ていないのでdTVで『ほしのこえ』を観るのでした。実際、何となくの鑑賞だったのですが、風景が美しくて好きですし、最初から最後までずっと切なくてまいった。具体的に書くと「あー、これは切ないな。うん、切ない切ない。あ! こりゃ切ないわー、え! そんなんなったら切ない! うわぁ切なーい! えぇーマジか……切ない。ああ、そうか、ああー。うん、えー、あーうん。切ないね……」という感じの25分でした。主題歌も切ないよ。

 この作品は新海誠監督が個人で制作したものらしく、もう大体の人が同じこと書いてるのですが個人制作でこのクオリティってやっぱり凄まじいな、2002年公開だけど今観ても風景の美しさが凄い。個人的に良かったと思ったシーンは、主人公のノボルくんが自宅に帰った時に灯りが点いて消えて、埃が舞うシーン。埃が舞うのって、こんなに美しかったっけ? 私は埃アレルギーなので映像で観ただけで満足しますが実際は見たくない。

声優もやった新海誠監督

 本作はノボル役を新海誠監督が演じており、その事実にびっくりしたんだけど凄く良い声でした。勿論、相方のミカコを演じた篠原美香さんもかすれ声が非常にキャラに合っていたのですけど、白眉が新海監督ですよ。好きな声だなぁー。オリジナル版はこの二人がキャストらしいのですが、商業用DVD版は職業声優の方がやられているようです。dTVはオリジナル版の配信だったんだね。いや本当に貴重な経験だった。他の作品でもカメオ出演とかしてるのかな? 少し気になるところです。

携帯電話に突っ込むのは無粋

 この作品は舞台が近未来2047年なんですけど、登場人物が使用している携帯がガラケーなんですよね。それはこの作品が制作された当時の携帯電話がそういったものだから当たり前なんですけど、そこを叩く人もいるわけです。もう少し未来的に考えて携帯電話の進化とか街並みとか、その他諸々考えるべきだったんじゃないの? なんて。

 でも、こういう携帯電話とか既に普遍的な役割を持つものって、いくらか進化をしていく段階で初期モデルに近いものも登場する可能性があるじゃない。ほら、先祖返り的な。そういう可能性も捨て切れないのだから、一概に想像力の欠如とか言い切れないだろうし、2047年でもガラケーっぽい携帯を使ってる人はどっかに必ずいると思いますよ。

 それはそれでいいじゃない。別に大事なことは携帯電話とかメールの画面が古いことじゃなくて、史上最大の遠距離通信を繰り返す恋人たちの切ない物語なんだから、そこを観ようぜって感じで。

タルシアンにみるセカイ系っぽい印象

 異星人のタルシアンって体が切れたり破壊されたりすると出血するんですよね。やっぱりこれは例の、紫色の初号機が活躍するアニメの影響もあるのかも知れませんが、異星人も血が赤色なんだなぁーっと感じました。ドラゴンボールのピッコロは紫色で、エイリアンのアッシュは白色……ただ、赤色の血液ということは何かしらタルシアンの源流を辿っていくと、実は地球人と繋がるルーツがあるんじゃないかと思ったりもしたり。この辺りは妄想でワクワクするのも悪くない。

そのまま終わる話について

 本作も恋愛ものになるはずなのですが、報われない話です。これが新海監督の特徴と前はよくいわれていたのですが、報われない恋愛の話ってとても美しいと思うんですよね。サスペンスでいえば、殺人事件が発生するのに事件が解決せず犯人も捕まらずに終わるみたいな感じで、淡々と終わっちゃうのが『ほしのこえ』。でも、それでいいと思う。ずっと逢えなかった恋人たちが出逢うのは確かにハッピーエンドで泣いちゃうけど、離れたままで終わった方が、余韻がある。そのあと逢えれば良いと思いを馳せることが出来るから、別にそのままでいい。この考え方が、ある意味では悲観的なのかも知れませんが、世の中はそんなことばっかりです。

 今日はレトルトスープを飲もうと思ってお湯を紙コップに注いだらそれが倒れて溢れて零れてテンションが落ちたけど、これもある意味では切なさの余韻を感じる出来事だったので、私も世界を感じることが出来ました。

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