没個性テーマパーク:EXTRA

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何もかもがスタイリッシュでカッコイイ『スナッチ』を観ました《評価・感想・レビュー》

死体の始末方法で豚の餌とするのは有効な手段なのか

 よく「お前なんて豚の餌にしてやる!」という風なセリフをギャング映画などで目にするのですが、実際に豚の餌にした所で、死体の始末としては本当に有効なのでしょうか? これまでに様々な映画で死体の始末に苦慮するシーンを目撃してきましたが、やっぱり跡形もなく死体を消すとなれば『冷たい熱帯魚』の村田幸雄みたいな方法が一番なんじゃないかと感じます。ただ、残虐な表現が制限されているレイティングの映画だと、こういったデリケートな事柄を扱うのには限界があるのかも知れません。ヤクザの十八番といわれるコンクリート詰めでの海中投棄も、死体自体は消えるわけではないですからね。やはり燃やす・溶かす・食べるのいずれかに収束していくのでしょうか。

 現実の事件でも死体の身バレを防ぐために『手首ラーメン事件』というのがあったりして、あれも死体の始末に苦慮した挙句、ラーメンに入れちゃうということをやってのけたのですが、結局はバレるという案件でした。ここまでで分かるように、人を一人消すのは非常に大変なのだな、と。

 こうした内容は<豚の餌>というキーワードから連想したことを適当に書いているだけなのですが、何故こういったことを記したのかというと、本作に登場する残酷が服を着て歩いているような男ブリックトップ(アラン・フォード)が豚に死体を食べさせることを熱心に語るシーンが印象的だったからです。しかし、そこは別に本作の魅力的な部分ではなく、あくまでもこの映画はスタイリッシュでカッコイイということを皆様には知って頂きたいなというところです。

あらすじ

4本指マンことギャンブル大好き男であるフォーフィンガー・フランキー率いる強盗団は、超でかい86カラットのダイヤモンドを強奪することに大成功! その際に小さいダイヤモンドも沢山手に入れます。86カラットをニューヨークのボス・アビーへ届ける道中で小さいダイヤモンドを売っちゃうためにロンドンへ立ち寄ったが、これがフランクにとって壮絶な不運の始まりなのであった。
ロンドンでは裏ボクシングのプロモーターを営んでいるが安いトレイラーしか持っていなくて悶々としているターキッシュという男がいたが、話の流れで八百長が失敗し、闇のギャング王こと残酷が服を着て歩いているといわれるブリックトップの逆鱗に触れてしまう。「この埋め合わせはどうしてくれるんじゃ!」ということで、再び八百長を成功させようとターキッシュは奔走することになるのだが……。


Snatch (2000) - Trailer

 映像表現がカッコイイ、そして役者もカッコイイ

 カッコイイ映像表現についてですが、本作ではまるで音楽PVのような演出が挙げられます。それは映画が始まってすぐに分かるのですが、防犯カメラを利用したセンスの良いカメラワークから「お、この映画は期待出来そう」とハッピーでワクワクする予感を抱かせてくれます。そして強盗が発生するシーンから、非常に<映像が楽しい>という珍しい映画鑑賞体験をさせてくれるのです。映像の楽しさで飽きさせないのは監督の手腕が成せる技ですね。

 本作の監督であるガイ・リッチーは『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』で注目を集めたそうなのですが、スタイリッシュでセンスの良い映像に定評があり、本作で重要な役どころを演じるブラッド・ピットも前述の映画を観て感動し、ガイ・リッチー監督と仕事がしたいと熱望して本作での出演が決定したそうです。実際、破格の(安い)ギャラで出演しているそうなので、純粋に良い作品に出たいと考えている俳優なんだなーと思います。

 ブラッド・ピットがカッコイイのは言わずもがななのですが、主演のジェイソン・ステイサムもまだそこまで有名ではなかった頃にも関わらず、安定した演技を観せてくれます。その他の俳優陣もノリノリ! なんですが、そういえば女優さんは出てこなかったですね。男ばっかりでした。何かしら意図していることがあるのかしら。

 私がとても気に入ったキャラクターが<弾丸をくぐる男>といわれている超タフな元ロシア工作員、ボリス・ザ・ブレイド(ラデ・シェルベッジア)です。理由はめちゃくちゃイカれてるからです。そして超タフ、タフさ加減が半端じゃない。殴っても死なないタイプではなく、死んでも甦るタイプのタフさです。他のキャラも愛くるしいので、観る人によってお気に入りは変わるでしょうね。

二転三転するストーリーは伊坂幸太郎作品を思い起こさせる?

 先が読めないストーリーや、様々な登場人物が織りなす群像劇という描き方から、伊坂幸太郎作品を思い起こしましたね。彼の作品で『ラッシュライフ』というのがありましたが、オシャレな感じとかクールな雰囲気が少し似ている気がします。内容は全然違いますけどね。どちらかが好きな人はどちらかも好きでしょう。『スナッチ』観て気に入った人には『ラッシュライフ』も読んで欲しいですね。

 さて、86カラットのダイヤモンドの行方ですが、この86が時たま84カラットになったりする。話によると、単純なミスであるという説もありますが、皆が不確かなものを追い掛けているということを考慮すると、86が88になったり82になったりするのも不思議ではありません。目的は巨大なダイヤモンドを手に入れることなので、カラット数は付随してくる別要素として、登場人物たちにとっても、そこまで重要ではないんだろうなという気がする。そう考えると、固有名詞とかが度々変わるという演出は、そこはかとなくリアルであるともいえる。どっかで使えそうな知識なので覚えておこうと思う。

どうでもよい会話に命を懸ける

 クエンティン・タランティーノ監督作品でもあるのですが、どうでもよい会話が多用されて物語の本質に一切タッチしない、という場面があります。冒頭で記した豚の餌の話も、別にそこまで薀蓄があるわけでもなく、ダラダラとしてしまっている個人主観の拘りのみで語られているものなのですが、そのダラダラさ加減が個人的にはたまりません。それは何故なのでしょうか? きっと、私自身が普段からどうでもよい会話を多用しているからなのでしょうが、どうでもよい会話にこそキャラクター性が生まれるということもあるのだろうな、と感じます。キャラクターを描くのであれば、ストーリーに関係のない雑談をしてもらうのが最も良いのかも知れません。本作にも豚の餌の話以外にどうでもよい会話がされるシーンがあります。例えば、プロローグ部の「古代ギリシャの学者は、ヘブライ語で書かれた若い娘という単語を処女と誤訳した」なんて話とか。かなりどうでもよいけど、こういった視点や個人の信条こそが、キャラクターを描く上で重要なのです。

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