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没個性テーマパーク:EXTRA

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ゲームが変える世界


「プレイステーション」発売20周年特別映像『みんなのゲーム愛にありがとう。』篇

プレイステーションが20周年です!

 プレイステーションが生まれてから20周年だそうです。

 今から20年前といえば、僕はまだ小学生だった。あの当時のことはまだ鮮明に覚えています。コンシューマーゲームとしては、まだ任天堂のスーパーファミコンが隆盛を保っていた頃、不意に気が付くと、新たなコンシューマーゲーム機としてSONYから『プレイステーション』、SEGAから『セガサターン』、任天堂からは『NINTENDO64』が現れたのでした! あの頃の僕らは、そもそも、様々に分かれるプラットフォームの中から、「何を選びだすのか? 君はどうするのか!?」が問われていた時期だと今は思います。

 ちなみに、僕はNINTENDO64を選んだ。それは、ひとつの選択肢であり、そのまま自分が進むべき道を指し示していました。

 NINTENDO64では『スーパーマリオ64』や『ブラストドーザー』や『ワンダープロジェクトJ2』が流行りのゲームソフトで、そりゃあ存分に楽しんでいたわけですが、沢山いた友人達は各々が自分が選んだ基盤を元に、SONYの道に進んだりSEGAの道に進んだりと、ダーマ神殿でどの職業選ぶのか? ばりの確固たる決意があったように感じます。しかし、自分が選んだ道を違えることなく、誰かの家に遊びに行けば、そこには別の道が示され、それはそれとして楽しむことが出来たのは、非常に有意義で<遊び>に対する幅があった時代だったのではないかな、という気もします。

はじめてプレイステーションと出会った時の衝撃

 僕はSONY信者というわけでは決してないですし、どちらかといえば任天堂のゲーム機に傾倒して育った方ではありますが、それでもプレイステーションに出会った時の衝撃は未だに根強く残っています。

 友人の平塚くん(仮名)の家にはプレイステーションがあり、まだ出始めだったためか、その他の友人の家にはプレイステーションなどという高尚な機械は存在していませんでした。そういった理由から、皆、学校が終わった放課後は、自然に平塚くんの家に集まってプレイステーションに興ずることとなったのです。

 彼の家にあったのは『リッジレーサー』や『闘神伝』『対戦ぱずるだま』『ナムコミュージアム』などなど。そのどれもが、(NINTENDO64の感想を抜きにして)スーパーファミコンとは比べ物にならないほどのヌルヌルとしてポリポリとした角張ったポリゴンが、縦横無尽に駆け巡る至上の遊戯であったことに一片の間違いもありません。なにせ、門限が7時とかでも9時くらいはゲームをし続けて、平塚くんのお父さんやお姉さんに怒られたほどです。楽しい時間はあっという間! しかし、ずっとプレイステーションをやっていたい! なんて、気が付けば、貧乏な僕を除く沢山の友人がプレイステーションを購入していたのでした。中にはセガサターンを買った人もいたけどね。

 かくいう僕も、気が付けばプレイステーションを購入していたわけです。いつ買ったのかは忘れたけどね。

激烈な衝撃を受けたタイトル

 ポリゴン表現に慣れ親しんだ頃に、僕に衝撃を与えたゲームソフトは『バイオハザード』でした。三上真司氏が活躍して発売されたゲームであることは後に週刊少年マガジンで極稀に連載していた『ゲームクリエイター列伝』で知ることとなるのですが、とにかくゲームをしていてあれほどに恐怖を感じたことはなかった! 僕の恐怖の原体験は『地獄先生ぬーべー』や『アウターゾーン』だったが、それを塗り替えたのは間違いなく本作であることは胸を張って言えます。

『バイオハザード』に慣れた友人達はバッタバッタと鈴木史朗なみにゾンビ的なモンスターを蹂躙していくのですが、ある時に僕は何を間違ったか、家でじっくりと『バイオハザード』をプレイしたい衝動に駆られ、友人にそれを借りたのでした。

 だが、此処に記すのも恥ずかしいくらいだけども、最初のゾンビを倒した後に、行動範囲が広がって<青い扉>の向こうへと進むことが出来るようになった時――僕は気が付いたのでした。

 この先にはどうあっても進めない……!

 僕は気が付いたのでした。心底、本物の恐怖に、支配されているということに……!

 扉なんて開けてしまえば良いのです。しかし、扉を開けた後に何が待っているのか? 新しいゾンビ? 新しいモンスター? ケルベロスや大きなカラスなど、まだ見ぬ敵に思いを馳せていると、それに遭遇してしまった時に、本当に僕は平常心でいられるのか? その自信がなかった。

 僕は、モンスターを倒せるのか!? その確証がなかった。

 結局、その<青い扉>を潜ることが出来ず、僕は友人にゲームを返却してしまったのだった。

 お恥ずかしい話です。後年、青い扉を開けましたが、大したことなかったのは言うまでもありません。

阿呆ほどプレイしたタイトル

 別の友人である東峰くん(仮名)の家に遊びに行った時、更なる衝撃的なゲームに出会うこととなりました。それは『ストリートファイターZERO2』です。

「格闘ゲームで、ここまで動くのか!!」それが当時の僕の感想でした。スーパーファミコン時代の『ストリートファイターⅡ』とは次元が違うスピード感です。また、往年のキャラクター以外にも様々なキャラクターが存在していた。お気に入りはソドムとロレントですが、あの中学生の頃も馬鹿になるくらいゲームをしてました。実際、ゲームのやりすぎで馬鹿になりました。

 僕はどうしようもないくらい勉強の出来ない馬鹿だったのです!

 と、宣言出来るほどにのめり込んで、毎日毎日ゲームゲーム三昧でした。実力は伴わなかったけど、それでも熱い戦いがあって、熱い勝敗があって、端的に言って幸福なゲーム体験だったと思う。

 ゲームってこんなに楽しい! スーパーファミコンの頃に何度も感じていたのに、更に何度も何度もそれを感じていた! ゲームは素晴らしいものなのだと!

まだまだあるプレイステーションの思い出

 僕が自分で購入したゲームの中で特にハマったのは『メタルギアソリッド』と『パラッパラッパー』そして『XI(サイ)』だ。

 これらはジャンルも様々だが、それぞれにやりこみ要素があったし、いくら上手くなっても上手くなり足りない程の中毒性があった。

 まだ、上手くなれるのでは? なんて。

 全てのタイトルに、結局は『楽しい!』が内包されていて、『XI(サイ)』に限って言えば、僕だけでなくパズルゲーム好きの僕の母もハマっていて、最高スコアを競い合う先のない戦いに勤しんでいた。毎晩、深夜の2時くらいまで競い合っていた。

 いくらでもゲームが上手くなる、だが、どこまで上手くなるのか? どこまで行けるのか? 飽きもせず、その探求を続けるこれ即ち、ひとつの旅だった! と今は思う。もう、どれくらいプレイしたかも分からないけど、どれくらいプレイしても飽きないのは、クリエイターが考え倦ねいた末に誕生した、ゲームという名の<芸術>だったからに他ならない。

プレイステーションはRPGも凄かった

 伝説の名作『ゼノギアス』をご存じだろうか? 記憶を無くした主人公のフェイが大型ロボットで戦う破格の世界観を持った物語。僕は夢中になってそれをプレイし続けた。寝る間も惜しんで、戦い続けた。シタン先生は最強です。

 このゲームに関しては、未だに他のゲームでは見られない特殊なコマンド入力式の戦闘システムが、非常に素晴らしく、いくらやっても飽きないせいで、寝不足がちのまま学校の勉強も疎かになってしまったほどだ。学校では腐るほど寝た。

 凄まじいスペースオペラの行く末は結局、世の中の誰も先を知ることなく、開発中止という憂き目に遭ってしまったが、もしも許されるなら今すぐにでも『ゼノサーガ』シリーズとは別の形で世に送り出して欲しい! というのは私の我が儘なのです。お願いしますよマジで。フェイの物語の続きも見たいのです!

ゲームって何なのか

 ここで冒頭に貼り付けた動画について言及する。

 再生して貰えればゲームフリークには当然分かると思うけど、<ゲームは世界>そのものなんですよね。これ以上でも以下でもない。僕らにとってゲームって、別の世界を垣間見るためのひとつの装置なのだ!

 よく、<小説>について、別の人間の人生を追体験出来る媒体であるという言説を目にしますが、これはゲームにしてもそうなのです。

 僕らはゲームの中で、沢山の見知らぬ人達と出会い、沢山の善意を享受し、沢山の悪意を潰え、幾重の物語を消化することによって、自分の人生では補え切れない<またとない冒険>を繰り返すのです。

 現実世界ではゴブリンを倒すことは出来ない。ゾンビを退治することは出来ない。ハイスコアを競うことは出来ない。生き残った後の感慨に耽ることも出来ない。死んだら其処で終わりだし、復活することだって出来ない。だが、ゲームでは全てが可能で、世界を救うことだって出来る!

 自分の人生で未知となる体験が、100億分の1にしか許されない物語が、そこには存在し、僕らにも体験することが出来る!

 剣を持って街に繰り出したら銃刀法違反だが、ファンタジーの世界なら英雄と奉らえられるのだ!

 そうして、様々な経験を積み、それを実生活に還元することによって、個人の思想や思考、信念や生き方に影響する要素を持った媒体――それこそがゲームと呼ばれるものなのではないだろうか?

 だからこそ、僕らはゲームという経験から取り入れる様々なものがあるし、「このゲームをプレイしたからこそ、今の価値観に影響している!」と胸を張って声高に宣言しても良いのではないだろうか。

 この世界において、1952年生まれた『TIC TAC TOE』というゲームの原型と呼ばれるものから派生して、数え切れないほどの数多の世界が生まれている。

 未だにゲームの可能性は誰にとっても未知数だ。

 どこまでいけるのか、どこまでいくのか? それを知る者はいない。それでも、この先、未来に向かって進化し続けるひとつの文化を、僕たちは夢想し、追い続けることを、いつまで経ったって、やめることなんか出来ないのだ!

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