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没個性テーマパーク:EXTRA

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『最強のふたり』は気楽に観られる娯楽作品だった《評価・感想・レビュー》

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 フランス映画としては異例の大ヒットとなった『最強のふたり』を鑑賞。

 日本では2012年公開ということだったが、ロングランとなっていたので、つい最近まで劇場公開されていたような気もする。ちなみに私はdビデオに契約して映画を観ているので、この頃の映画配信までの早さには驚いている。平気で今年の作品もあったりするし、レンタルビデオ事業を営んでいる会社は大変だろうな……と思う。GEOとかTSUTAYAとか。

 あ、話が脱線しそうなので続けます。

あらすじ

 パリの富豪フィリップ(フランソワ・クリュゼ)は不慮の事故で頸椎損傷となり、首から下の感覚がない障がい者である。新しい介護人を雇うために自宅で面接をしていた所、スラム街出身の黒人青年ドリス(オマール・シー)が現れる。ドリスは介護人などに就くつもりはなく、失業保険を貰うための書類にサインをして欲しかっただけだが、フィリップに何か感じさせるものがあったためか、試用期間を設けられた上で採用される。

 性格も趣味・嗜好も全く異なる二人であったが、次第に親しくなってゆく。


映画『最強のふたり』予告編

原題の『intouchables』について

 この『最強のふたり』は原題を『intouchables』といいます。意味は<触れられない者達>とか<禁忌>だそうで、本作を鑑賞中に「ああ、原題は上手いこと機能してるな」と分かりやすい程でした。フィリップは障がい者で、ドリスはスラム街出身の貧困層。どちらも社会において(差別的な者達には)忌避されてしまうこともある。

 実際、冒頭の面接シーンではフィリップの介護人として働こうとする志望者達に、色々と質問がされているのですが、フィリップに気に入られようとしてステレオタイプな<自分が良く見られたいがためだけ>の返答を繰り返している。「社会は障がい者に優しくあるべきです。私もそんな優しい人です」みたいな感じで、如何に障がい者は保護されるべきか――といった主張に終始しておりました。「私は障がい者が昔から好きです」という発言をする志望者もいましたが、よく意味の分からない発言でした。そう告げることによって良い印象になるとも思えないのだが……。

 こういった、“弱い者には優しくしなければならない”メソッドに関しては、それを踏まえた上で行動をすると、逆に差別的であるという言説も出てくるほどで、非常に取り扱いが難しい案件となっています。

 類似した問題として、レディーファースト問題があり「レディーファーストは女性差別である」「女性が何も出来ないという考えを持った男性が、性別による蔑視をしているのがレディーファーストだ」といった具合に、「男女平等を訴える社会においては、レディーファーストなどやめるべきである」という言説もあったりする。

 人が良かれと思って社会通念にも似た感覚を自分の中に持って振る舞った行動の結果が、それ自体、相手にとって親切であるかというと、決してそうではない事例もあり得ると。それをされた側が不快に感じることもあると。なかなかにして難しい話なのであります。

 しかし、本作でドリスは「そんなんどーでもいいじゃん」みたいな態度です。相手に気に入られようとして自分の信念を曲げるのでなく、単純に人間対人間として誰とでも接します。気に入ったことにはYES! 気に入らないことにはNO! 傍から見れば、ただ<自分の欲望に忠実な人である>という評価になってしまうかも知れない。ドリスはフィリップに対して、障がいをネタにしたブラックジョークも飛ばしまくります。ジャパニーズ・テレビジョンで流れれば、番組の最後に謝罪が来そうなレベルのネタだったりするけど、逆にフィリップにとっては、そんなジョークを飛ばしてくる相手なんて、今まで周りにいなかったこともあってか「こいつ、マジで俺の障がいのことなんてどーでもいいと思ってるな」という風に捉えたのではないでしょうか。大体の人がフィリップに気を遣って接してしまいます。それは彼の雰囲気によるところもあるでしょうけど……。

 フィリップの「富豪であり、障がいを持った自分に対して、腫れ物に触れるような態度はして欲しくない」という気持ちが全編に見られて、それに対して偶然目の前に現れたドリスは、久々に気の置けない友人となったのだと思います。

 こうした二人の関係性が『intouchables』という言葉に込められてたんじゃないですかね。監督の心意気も感じるところです。

邦題も上手くやったんじゃないか? と

 原題に対しての邦題は『最強のふたり』。評判が悪いタイトルだという意見も聞きますが、私としてはそんなこともないと思う。原題の『intouchables』のままじゃ、映画の内容がよく分からず、日本ではここまでヒットしなかったんじゃないでしょうか? 直訳するわけにもいかないし、差別をテーマのひとつとして取り扱っている本作ではありますが、そういった点を気にしないで鑑賞した場合は、主人公二人のユーモアあるやりとりが楽しいパワフルなコメディ作品としての印象が鑑賞者に強く残ることも考えられます。

 タイトルの付け方でヒットするかどうかなんてのは結果論でしか述べられないのですが、『The Pursuit of Happyness』が『幸せのちから』となったのも『Frozen』が『アナと雪の女王』となったのも良い改変です。本作のタイトルの付け方もそれに近い印象を受けましたね。予告編と合わせて見れば「なんか良い作品チックだな」と思わせることが出来るでしょうし。人間ドラマ的なものも期待できますしね。

感想(若干のネタバレあり

 私は結構、気楽に観られた感じで良かったです。

 アメリカのジャーナリストが本作に対して「差別的だ!」と酷評していたという記事も見ましたが、エリック・トレダノとオリヴィエ・ナカシュの両監督は当然そういった批判も想定した上で撮影しているのは、分かりやすいほどでした。スラム街や警官の態度についてはリアリティを重視したのではないかな?

 あと、ドリスがフィリップに対して飛ばす相手を気遣わないブラックジョークも、笑って良いのかなーと思いながらもフィリップが笑ってるので、一緒になって笑いました。

 それから、オチのひとつとして存在する、ドリスが落とそうと必死になっていたマガリーが、実はレズビアンだった。というのは良かったですね。実は、このマガリーも含めて『intouchables』だった……!? というのは勝手な私の推測です。

 ただ、全編を通して悪い人が存在しなかった。というのがドラマとしてはどうかと思いました。なんというか、ストーリーラインに起伏がないというか。主人公二人はめちゃ良い人だし、フィリップの邸宅で働いている人も良い人達だし、他の登場人物にしてもフィリップに対しての無理解を示している者もいるが、大抵は良い人達です。なので、もう少し実話を元にしたといっても、起伏が欲しかったかなー、という気はしました。まあ、それを含めて平和な映画だから気楽に観られるってのもあるけども。

 そういえば、フィリップの娘は結局、どうなったんだ? ちゃんと躾けられて成長はしたのでしょうか。そこがウヤムヤにされていたのも、若干気になりました。

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