没個性テーマパーク:EXTRA

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ファミコンヒーロー

 人生で最もゲームをプレイしていたのは小学生から中学生に掛けてだ。寝る間も惜しんでゲームに明け暮れていた。おかげで勉強は全然出来なかったが、その分、電子的遊技には必要以上に慣れ親しむことが出来た。

 僕のおじいちゃんが電器屋をしていたからだと思うが、我が家には他所の家にはない特殊なゲーム機が存在していた。今の若い人は知らないと思うけど、昔ファミコンやスーパーファミコンが隆盛を極めていた頃、僕の家にはスーパーでスペシャルなテレビが居間に鎮座していたのだ。なんと、ファミコン内蔵テレビ&スーパーファミコン内蔵テレビ! これは小学生の頃、一種のステータスとなって、僕の自宅に友人が集まるための動機と理由付けのひとつになっていた。

 ファミコン内蔵テレビは「C1」という機種で、スーパーファミコン内蔵テレビは「SF1」という、どちらも僕の記憶が正しければ、任天堂とシャープが共同開発した家電だったが、テレビ本体にゲームソフトを差し込める機構となっており、据え置き機としては、今では考えられない仕組みをしている。当然、ケーブルなど不要だから、その分、画面は鮮明で綺麗だ。かなりの贅沢をしていたと、今になって気が付く。当時は自宅に存在するのが当たり前だったから、その価値にすら気が付かなかったけども。

 

 まずはC1について語ろうと思う。

 C1は通常のファミコンと違い、コンポジット接続ではなくRGBで画面出力をしていたので、ファミコンとは思えない程に映像がハッキリとしていた。覚えている限りでプレイしたゲームソフトを羅列すると「ファイナルファンタジー3」「中華大仙」「所さんのまもるもせめるも」「クォース」「ハットリス」「ミシシッピー殺人事件」「ボンバーキング」「桃太郎伝説」「スカイキッド」などなど……。とにかく、マイナーなサードパーティによるソフトばかりだったが、胸をときめかせるソフトばかりで、あの頃にゲームを試行錯誤してクリアしていたのは、年を取ってからの自分にも活きている気がする。ファミコンのゲームはゲームバランスが崩壊しているものも沢山あって、クリアするのにテクニック以外にも運すら必要で、人生の厳しさを理解する上でも大いに役立ったものだ。人生ってのも、初期ステータスによっては無理ゲーになるからね、本当に。

 理不尽な物事なんて、当たり前に存在するのはファミコンが教えてくれた。「トランスフォーマー コンボイの謎」なんて、まともにプレイしたってクリアが見えないもの。歩いているだけで即死なんて、最近だったら、有り得ないもの。

 C1はそうして僕の生活に馴染んでいたが、1点、致命的な問題があった。それはコントローラーのボタンがへたってしまった時に、代替品を用意するのが困難だったことだ。通常のファミコンのコントローラにしても、ファミコン自体から直接コードが伸びているせいで、容易に交換は出来ない。C1の場合は、通常のファミコンとは違った四角形のコントローラで、替えとなるボタンのゴムはいちいち発注をせねばならなかった。それを無視してプレイできるのはRPGやアドベンチャーといったジャンルくらいで、パズルゲームやアクションゲームに至っては、求められる操作を困難にさせてしまう。それはそのまま、人生は替えが利かないということを教えてくれた。大袈裟だろうか? しかし、真実ではあるように思える。

 ちなみに、我が家ではまだC1は現役で稼働しており、我が敬愛するおじいちゃんが「ドラゴンクエスト3」を繰り返しプレイしている。しかも勇者1人でクリアするという縛りプレイ付きだ。僕には真似が出来ない。じいちゃん齢70を越え、未だにバラモス退治の旅を続けているのだ。オルテガよりも年上に違いない。

 

 次にSF1について語ろうと思う。

 本機は、C1の問題点をクリアしており、コントローラは通常のスーパーファミコンのコントローラと同じものが使用出来る。これは、本当に素晴らしいことだったが、敢えて問題点を提起するのであれば、それはサテラビューがプレイ出来ないということだ! 僕は、とにかく夢のアイテムであるサテラビューがやりたかったのだ! 毎週新しいゲームが配信されたり、ラジオ番組がやってたりと――その記憶が合っているかどうかの自信もないが、配信されるゲームがプレイ出来るというシステムは、当時も画期的なものだった。

 まあ、それを差し引いたとしても21型のテレビでプレイするスーパーファミコンソフトはとても迫力があり、小学生の癖に寝る間も惜しんで「スーパーマリオワールド」ばかりやってたな。だが、最も僕がハマったゲームソフトは「かまいたちの夜」だ。サウンドノベルの金字塔である本作は、選択肢をひとつ間違えるだけで凍死したり彼女にストックで刺されて死んだりと、パニックホラー的な楽しみがあった。金のしおりが解禁された時には、感動のあまり涙も流れていたのではないかと思う。お陰でサウンドノベルに目覚めたわけだけど「ざくろの味」が面白くなさ過ぎて発狂しそうになりました。

 SF1にはその後もお世話になり、スーパーファミコン以外のゲームもプレイすることになりました。ビデオ入力端子が付いていたので、中学生になったらプレイステーションやNINTENDO64などを繋いで粛々とプレイを続け、寝不足が僕を襲い、学校では寝てばかりいて教師に怒られるわ。目が覚めると保健室にいたり、なかなか希有な経験をさせてくれたと思います。あれら全て、ゲームが生み出した副産物ではあったけど、友人と新しいゲームについて喧々囂々の議論が出来たのも、当時の個性溢れる数多のクリエイター諸氏のお陰です。ありがとうございます。

 

 そういった頃から15年以上経ち、今ではゲームの話題もあまり出ない生活を送っていますが、僕のファミコン好き、スーファミ好きの精神は今でも変わらず、ドット絵で描かれた「ドラゴンクエスト」や「ファイナルファンタジー」の新作をプレイしてみたいな、という気持ちは未だに存在し続けるのでした。

 

 あの頃のファミコンは、まさに僕にとってのヒーローでした。

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