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没個性テーマパーク:EXTRA

Wait a minute, wait a minute. You ain't heard nothin' yet!

アパレル店員の声掛けがうざいとか怖いとか感じる人が多いが、俺は耳寄り情報ならどんどん流して欲しい

日記

服屋マジで戦場

 数日前に某避暑地のアウトレットモールに行ってブラブラしまくって、様々なブランドショップを潜り抜けた。多くのアパレル店員が私の前を通り過ぎ、中には声を掛けて来た者もいたが、ここで昔から幾度も取り上げられて来た「アパレル店員はマジで話し掛けて来て超ヤバい」問題を思い出す。事実「超やべえ〜」って思ったりはしなかったが、それとなく「(店員は声掛けプレッシャー与えられてるだろうから)大変だなぁ」くらいは心的表層に緩やかな影が浮かぶことになった。本件はインターネットで延々と語られているテーマであり、もう答えとかそんなものは一切ないんだけど、ちょっと思ったことだけ述べておきたい。大したことは書かないし、アパレル店員って文字列だけであばれる君とかパラレルワールドを思い出して気持ち的にはテンションが上がるんだけど、それは関係ありませんし本筋には一つだって絡んで来ません。

なんで服屋だけやねん

 2秒で否定で<服屋だけ>ってことはないんだけれども、店内をウロウロしてて声を掛けてくるのって服屋のシャレオツ店員ばっかりです。コンビニでも「おでんいかがーすか」「キャベツの浅漬けいかがーすか」くらいは言われるけど「お好きなサイズの○○○ー○ございますか! 試着も出来ますよ!」とかはないだろう。CD屋だって「Zion I良いですよ〜、Sage Francisとかパンチ効いてますよ〜♪」なんてメロディ付きでは教えてくれない。頻度で言うと、やっぱり服屋の販売員はめちゃくちゃ声掛けて来る。ノルマとか上司のプレッシャーとかありそうだから無下に「鬱陶しいんじゃボケッ!」と蔑ろにするのも可哀想だし、私だと「ぅんはぁ、わかぃました……なんなあれば聞きますんで……」ってちょっと噛んだりしますからね。お互いプレッシャー感じてしまって断絶具合はグランドキャニオン級ですよ。個人的にはSquarepusherなら感じたいんですけど(音圧的に)……プレッシャーとスクエアプッシャー掛けてみたんですが、正直なんだかなぁって感じですわ。

声を掛けて来るなら未知の情報だけにして欲しい

 アパレル店員の方が声掛けて来るのって「お探しの物ございますか?」「サイズお探しでしたらお出ししますよ!」「そちらお客様にお似合いになると思いますよ! 試着されますか?」「お客様は大根のステーキが好きですか?」あたりが代表的なものなのですが、この辺りの内容って客側から<聞ける>要件なんですよね。つまり、気になった商品見付けたら店員探して聞けるってことですよ。ど緊張する人だったら店員に質問はし辛いかも知れないけど、どーしても欲しいアイテムを発見したら、勇気出せば聞けるじゃないですか。可能性の問題は抜きにして、服欲しいから服屋見て回ってて、喉の奥から手が出る程に欲しいものが見付かったら行動出来るじゃないですか。だから、店員側から「探す」「サイズ」「試着」「大根」なんて、わざわざ話題を振って頂く必要性は薄いわけですよね。そこで私は客側の意見として<有意義な情報の提供>を求めたいわけです。既に表記がされていても、こちらが見落としがちなインフォメーションでも可なのです。店員側の話を聞いて「それなら買いだな!」と客側が感じることが出来る優れたメリットを伝えて欲しい。

 先日のアウトレットモールで心に響いた情報は「そちらは在庫がないから、店頭に出てるのがラストワンですわ!」「赤い札の商品はセールの30%引きとは別にレジで20%引きになりますよ!」ってやつです。まぁ、まんまと買わされましたね。良い意味で一杯食わされました。この情報は店員側でないと知り得ない*1ものなので、どんどんそういうお得情報貰えないかな? と感じる。

 ただ、店員に声を掛けられるだけで気分を害する人間がいるというのは確かなので、これらの情報を遠くからおもむろに呟くとか、ごにょごにょと聞こえる程度の声で囁くとか、そういう配慮は必要かも知れない。もしくは店内放送で流すとかね。ただ、何かを購入する時にある程度のまとまった金額を出さなければならないのであれば、補足情報を揃えて提供をして頂き、顧客が類い稀なお得感を感じるものにして欲しい。スーパーで特売品を買い漁るおばちゃんだって、それでもいつでもお得を探しているのだから。「探そうぜ! 特売ホール!」って感じです。元ネタは察してください。

理想的な服屋

 店内に入るとハードコアなジャパニーズヒップホップが流れている。勿論、REAL STYLAである。最先端のファッションに身を包む20代くらいのパンチパーマ猫背な店員は、こちらをちらりとも見ずに、遠くからブツブツとお買い得情報を呟いている。私が「これは良いかも」という商品に目を留めていると、7mくらい離れた位置から「それで在庫は最後ですよ……」「セールしてて安いですよ……特売ですよ……」「ねぎだけで十分ですよ……」という声がボソボソと聞こえる。ハッとした私は店内の曲が『志人』*2に変わった辺りでレジカウンターに行って商品を購入する。店員一切喋らず梱包は丁寧に済み「商品を入口までお持ちしますよ!」とかも言わない。このくらいの距離感では本当に何も喋らないのだ。優れたプロ意識が垣間見える。

 

 そう、これこそが超楽な理想のブランドショップである。

備忘録的に今日の一曲

 Squarepusherが率いる謎のバンドShobaleader Oneの楽曲『Journey to Reedham』カッコいい。


Shobaleader One - Journey to Reedham

*1:後者はどっかにPOPとかあったかもだが

*2:降神のMCではない。

映画の本編前映像(予告・CM)について好意的な意見が増えてきている? 数年前までは叩かれまくってたものだが……

映画 時事ネタ

話題の映画前予告&CMについて

 もう昔から議論されてて、既に肯定派と否定派の意見も出揃ってしまったかと思っていたのですが、やっぱり定期的に話題になりますね。映画の本編前予告とCM。

 話題の発端となったのは以下のブログ記事です。ここで上手いな〜と思ったのは小島アジコ氏が本件に対してはとてもフラットな、中立的なスタンスだという点です。

orangestar.hatenadiary.jp

 まあ、勝手に私がそう推測しているだけですが、漫画の描き方からはどちらの派閥でもない、そう読み取れますね。それで余計にブックマークコメントでの盛り上がりが賛否両論で、読んでいて面白いです。

 これまでにもはてブで似たような内容が(何度か)話題になってましたけど、従来と比べると映画館側を擁護する意見が増えているかな? という気がします。

anond.hatelabo.jp

togetter.com

それぞれのメリットは何があるだろう

 皆さんがコメントで書いている通りに、この上映の仕組みにはメリットもデメリットもあります。私見も踏まえて、色々と羅列してみましょうか。

☆予告・CM(シネアド)がある場合 一般的なメリット
  1. 映画本編に入るまでの心の準備(個人差のある非常に感覚的なもの)。
  2. 本編が始まる前までに用事を済ますことが出来る(コンセッションの利用、お手洗いの利用など)。
  3. 個人的な事情や渋滞・公共交通機関の遅延などによって遅刻してしまった場合の猶予。
  4. 予告があることによって、知らない新作映画を顧客が認知出来る。劇場側は宣伝が出来る。
  5. CMがあることによって、劇場には広告収入が入る。企業側は集中力の高い顧客に広告を認知して貰える。
  6. 本編以外の映像が入ることにより、上映時間の調整が出来る。エンドロール含めて113分の映画だった場合、予告・CMで120分としてタイムテーブルの調整を行う。

 また、ここには挙げなかったものとして、イレギュラー対応の猶予時間という需要な側面もあります。

 映画館にはトラブルが付きものなのですが、「指定席被り」や「フード・ドリンク溢れによる座席カバー汚損」「嘔吐物処理」などの対応がある場合、とてもじゃないですが本編始まってからの対応は周囲に迷惑を掛け過ぎます。だからといって、予告中だから良いってものでもないですけど、本編開始までの約10分程の時間でトラブル対応が出来れば、映画を全編楽しむという顧客ニーズに差し障る可能性は減る──という話は聞いたことがありますね。

 私も昔、後ろの席の人がドリンクをぶち撒けた時に映画館従業員に対応をして貰ったことがあるのですが、本編開始前で助かった記憶があります。

 ここまでのメリットは顧客側のメリットとしては「新作情報が得られる」くらいしか、本質的なものはないような気がしますが、まぁ良いでしょう。

☆予告・CM(シネアド)がない場合 一般的なメリット
  1. すぐに本編が始まるので時間をロスしたという感覚がない。
  2. 映画泥棒がなかったら泥棒扱いされなくてストレス感じない。
  3. お金払ってるのに広告を見せられるという心理的なストレスを感じない。

 うーん……もっと沢山あると思ったのですけど、余計な映像を見せられることによるストレスが大半を占めますね。ただ、それがとにかく大きいでしょうから、単純に両者のメリットだけを比べるわけにもいかないようです。

 だとすると、どうしてここまで予告やCMが入っていることに目くじらを立てる人がいるのでしょうか。理由を考察すると、やはり<対価に見合った内容ではない>という印象が強いのが要因では? と思います。

 そもそも、映画料金は簡便な娯楽として割り切れないくらい高額です。一般料金が1,800円ってのは、おいそれと簡単に出せる金額ではなく、ある程度の気合いを持って然るべきの支払い金額ではないでしょうか。とは言っても、サービス料金の利用者も当然多いでしょうけど、それでも大人であれば1,000円は超えますからね。

 そうした料金を支払ったにも関わらず、自分が本来購入した筈の<特定の映画を観る権利>に付与されて、余計な映像が付いてくるのは心理的な納得がいかない。自分が楽しむべきものは映画の本編で、それが目的で料金を支払ったのだから他の映像はいらない、というのが無意識的なストレスの原因になっていそうです。

 これに対して妥当感のある解決をするには、「予告&CM付き上映で割引料金の設定」か「予告&CM抜き上映である程度の料金加算」をするしかなさそうです。後者が受け入れられやすそうですが、映画館のスクリーン数というキャパシティと、上映回数の制限から難しそうな気はします。1日は24時間しかありませんし、付与映像のあるなしで上映時間を分けるのは現実的ではないですからね。難しい問題です。

もっと映画館的なコンテンツとして魅力的なものにすべきでは?

 一番理想的で私が好みの解決策はこの見出しの通り「魅力的なコンテンツとして活かす」という発想です。映画の予告は仕方がないとして、CMコンテンツはもう少し何とか出来るのではないでしょうか?

 その点、海外でのCMって結構面白いものもあるんですよ。以下の動画をご紹介します。


Smart: Smart Cinema Ad

 こちらはSmartという車の紹介CMです。スクリーンのカーテンを敢えて閉めて、その隙間に車を投影し、コンパクトなスペースでも小回り抜群! って部分を魅力的に紹介してくれます。鑑賞側も驚きを持って観ることが出来て、意外性もあります。ただ、現在は全国的にスクリーンマスクの稼働を止めている劇場が増えているので、同じようなものは困難かも知れませんね。


MCL cinema Hong Kong Mobile phone car crash advertising effective

 こちらは運転中のよそ見は厳禁よ! という啓蒙CMです。なかなかすごい発想ですが、日本では不可能そうですね。クレームも多発しそうですし、しかしインパクトは絶大です。

 こうした映像効果を存分に使用する映画館ならではのコンテンツは制作にお金が掛かり過ぎる側面もありそうですが、是非ともやって頂きたい。あとは、鑑賞している人がお得感を得る工夫なんかも出来ると良いですね。「このCMを観た方にはセブンイレブンのドーナツが100円引きで購入出来る! 入場時に受け取ったフライヤーを持ってコンビニへGO!」とか。どうでしょう。短絡的過ぎるかな。

実は映画館のCMって昔からあった……

 よく「最近の映画館のCMってさ〜」という意見もありますけど、シネアドというもの自体は1950年代くらいからあって、当時はスライド広告みたいのを流してたんですよね。思ったより歴史が深いものなんです。だからといって全面肯定すりゃいいじゃん、という話ではないですが、仕組みとして廃止するのも難しい以上、鑑賞する側は「CMも楽しんで観るのが良いんじゃない?」と思いますし、制作側には「もっと顧客が楽しめて印象に残って観て良かった〜! と思えるシネアドコンテンツ作ろうよ!」って思います。上手く共存関係が出来ていけば良いのですが、歴史があるだけに従来のやり方を変えるためには何らかのブレイクスルーも必要ですね。業界の方には頑張って頂きたい。

 最後に、各種ブコメやインターネットで散見する意見で、映画館がCMを流していることによって映画料金の値上がりを抑えることが出来ているという話。これって、本当なんでしょうか? 少なくとも私はそういった話を目にした覚えがありません。

 映画料金の値上がりや調整は、国の消費税設定によるところが一番大きく、あとは劇場設備の投資(IMAXやMX4D、4DX、3D上映など)に対しての維持費をペイ出来るかどうかの部分で行われている筈です。CMで映画料金の下支えが出来るほどの収益はない筈なのですが、勘違いかも知れませんので、もう少し調べてみようと思います。

 ちなみに、次の増税で映画料金の値上がりは取り沙汰されそうです。これで値上がりとなれば、更に映画離れが進んでしまいそうですが、どうなるんでしょうね。

コインを取り戻すための壮大な闘い、アクションゲーム風に描かれるExit73Studiosによる動画『Coin』

動画

些細なキッカケから壮大な闘いへと発展する!

 最近は昔観ていたVimeoを巡ってまして、なんか面白い動画ないかなーと探しているのですが、早速発見しました。今回紹介をするのはYouTubeで25万再生ほどの作品ですが、アクションゲーム的ですこぶる爽快な内容なのでかなり楽しめると思います。

 作者はExit73Studiosという、ゲーム風の映像をドラマティックに仕立て上げるチーム。端的に「ゲーム大好き過ぎだろ!」と、表現や描き方を見ていれば分かります。ビデオゲームでここまでのキャラクターアクションを実装出来ればまさに理想的なのでしょうが、フレーム数が多過ぎて難しいでしょうね。その内、出来るようになるのでしょうか? 2Dでも結構、大変そうな気がします。


Coin

 マッチョが荒くれ者たちと戦うコンセプトから、イメージはファイナルファイトからじゃないかなー……とは思いますけど、途中から異世界ものにもなりますし、一概にファイナルファイトだけという訳でもないですね。

 それにしても、勢いが凄い。しかも、主人公のマッチョはどんどん成長して強くなっていく感じがします。コインの恨みは怖ろしいですねぇ。

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Exit73Studios - YouTube

攫われた博士を救う『BOLTRON NINJA MASSACRE』シリーズ

 こちらは別のアカウントでアップロードされてますが、同様にExit73Studiosによるアクション大作。ちなみに4部作となってます。恐らく、本作のイメージはロックマンでしょうね。フィールド画面はスーパーマリオワールド的な印象がありますが、基本的にはロックマンオマージュかと。


Boltron Ultimate - Evil Maximus Omega (Part 1 of 4)

 海外のゲームのボスって、なんでこういう感じなんでしょうかね? 目が赤い奴が多いような気がします。バックグラウンドが分からないので、定かではないですけど超人的にぶっ飛んでいるという設定のキャラクターが多いです。ちなみに、モブの敵キャラは全部、忍者らしいです。あまり忍者っぽくはないが──。

こういったゲーム風動画を観てて思っちゃう

 とても動きが良いキャラクターがヌルヌルなアクションを繰り広げていると、動画の制作時間がどれくらい掛かったんだろーって思ってしまいますよね。え、そんなことないかな。ファミコンのゲームソフトは少数精鋭で作成をしていたから、制作期間があまり掛からなかったとか、そういう話も連想してしまうのですけど、動画の場合は描く量や、フレームレートが増えればそれだけ時間が掛かってしまうだろうから、大変だよなぁと。

 私が昔『崖の上のポニョ』でポニョが大波の上を駆けているのを観て「このシーンは絶対、アニメーターの人が超苦労してる!」って思って泣いたのと一緒です。そういう所に人の苦労とか、創作物の大変さを感じてしまうんですよね……消費者には全く関係ない話なんだけど。

 脱線して来ましたので本稿はこのへんで。

語るべきことがなくても何かを語ることは出来るが、それが何かを残すとは限らない

雑念

アルデバラン

 アルデバランという言葉を聞いて何を思い出すか、それが内包する意味はおうし座α星であり、おうし座の中で最も明るい恒星、全天21の1等星の1つ、冬のダイヤモンドを形成する恒星の1つでもあるということなのだけど、そんな天文的な知識を身に付けていて「アルデバランとは──」なんて語れる人は世の中にほとんどいない。少なくとも私の周りには存在しない。アルデバランと聞いたら、聖闘士星矢の登場人物かパズドラのキャラクターを思い浮かべる人が多いだろうし、マイノリティの部類であれば、やはり刻命館の鉄仮面であろう。件のゲームのアルデバランは猟奇的な快楽殺人者だが、館にやって来た主人公であるゼメキア王国の第一王子に屠られて以来、登場はそれきりなのだけど、記録より記憶に残る強烈なキャラクターで、そう考えるとやはり鉄仮面のインパクトは大きい。個人的にとても気になることとしては、どうしてアルデバランは自宅ともいえる刻命館で蒸れて蒸れて仕方がないであろう鉄仮面を被り続けていたのかだ。自宅でパンティストッキングを頭から被って生活をし続ける人はあまりいないだろう。同じように、鉄仮面を被ったまま生活を送る人はいない(はずだ)。恐らく、それには相応の理由があって、人には見せたくない顔面の傷跡があったり、実は途轍もない美青年なのでギャップを隠すために顔を覆っていたり、鉄仮面だと周囲が思っていたそれこそが本体だったり──と様々な想像が膨らんでいくのだが、結局はそれほど大きな意味もなさそうで、ただ好きだから被っているだけなのかも知れない。意味がそれほどない癖に、意味ありげなことなんて世の中にいくらでもある。意味のないことに勝手に意味を付けてしまうことも多々ある。それが繰り返し続けられて人の世は形成されていくものだ。人は意味を探し続けている。

ポリシーのある悪

 物語には正義と悪が付き物だが、描くことにおいて悪ほど魅力的なものはない。正義は<世の常であり正しいこと>を描けば大義名分が通るし、分かりやすく簡単なのだが、反面退屈な存在だ。しかし悪はそうもいかず<正しいポリシー>が必要となる。悪は方向性を違えたままダークサイドに落ちてしまった存在だから、正しい意味での確信犯を描かなくちゃいけない。ドラゴンクエストやファイナルファンタジーで言えば、ラスボスが何故に世界を陥れようとしたり、人類を滅ぼそうとしているのか、その理由を納得が出来る形で描かなくてはならない。たまに気まぐれで何となくという奴もいるが、それは本物の悪だ。ケフカがそれになるかな? 恐ろしい。

 ひとまず、そういう特殊パターンは置いとくとして、例えば悪の存在と言われる者であっても、方向性が誤っていたとしても、一部の人間にはそれが正しいのかも知れない、と思われせる者が実直でポリシーのある健全な悪です。

 簡単な例とはなりますが、例えば次のような感じ。

「人類を野放しにしていると戦争が起きる、人が人を殺す。この星にとっても人類は悪い影響を与えているのだから滅んでしまった方が世界のためになる。悲しみの歴史を繰り返さないためにも、人間は存在しない方が良い」そういったことを純粋に考えて、実行に移してしまうのが、物語性がありポリシーを身に付けた実直の悪です。しかし、こうした具体性のある考え方を持っていて信念が通っている場合は、必ずしも本質的な悪であるとは言えないのかも知れない。何せ、自分が信じるものを救おうとしているのだから、何かを救おうとして戦うのであれば、反面何かが犠牲になるのは当然。この実直の悪に賛同する者がいたとして、正義と相反するのであれば、どうしても戦うことが生じ、戦争になるし、犠牲者も出るのだから、結局は正しいことと正しいことが戦っていることになり、どちらも正義でどちらも悪になり得るという悲しい結末が待っている。小学生や中学生の頃はRPGをプレイしていてもそこまで深くは考えなかったが、今にして思えば人類とモンスター、どちらかが滅ぶ戦いは、結局正しさ同士がぶつかりあっているだけなのだ。本当に世界を平和に導くのであればモンスターすらも多様性として取り入れて、人類にとってもモンスターにとっても手を取り合って生活が出来るような世界を作ることが本当の平和であり正義であると。そういうの実現したゲームあったかな、ある気はするけど私は知らない。

悪は笑ウ

 悪役は笑い声に特徴があることが多いのですが何故だろう。アルデバランは「ヒイッヒッヒッヒッヒッヒ」だしエクスデスは「ファッファッファッファ」だし王騎は「ンフフフフ」「コッコッコッコ」だし、ケフカは「(文字では表現出来ません)」。悪役じゃない人が混じってたような気がしないでもないが、それは置いといて、アクの強いキャラクターはやはり笑い声に特徴がないとダメなんでしょうね。悪だけに。

 よくよく考えると笑ゥせぇるすまんも笑ってますし──ご存知でしょうか? 笑ゥせぇるすまんはメフィストフェレスがモデルだとか……。

 そういえばリアル世界でも悪い人って笑ってる印象があるな、悪徳金融とか札束片手に笑ってたりとかしてそう……ああ、そう言えば帝愛の会長もいっつも笑ってるな。

 ここで斬新な一手として、正義の味方を笑わせるのはどうなのだろうか? そういう漫画なさそうな気がするけど、あるのだろうか? RPGの主人公が「クァカクァカクァカ……」とか「ゲヒゲヒゲヒゲヒィ」とか笑うのもありなんじゃないか? そもそも、笑うことってポジティビな要素だろう。笑う角には福来たるとも言うし、何故に笑う主人公は少ないのか。私はここで主人公も笑うべきではないかと宣言したい。

 主人公「ギョヒッグギョヒッグギョヒッグゥ」こんな笑い方でも世界を平和にしようとしているのであれば十分ありなのだが、やはり悪役な感じがしてしまうのだろうか。だが、やっぱり悪い奴しか笑わないのは不自然だと思う。

そういえば、本当に酒を飲まなくなった

日記

昨年まで酒を飲みまくっていた

 私はビールが大好きで特にサッポロビールが出しているホワイトベルグが好きなのですが、まあそれは置いといてですね、昨年までのアルコール消費量って半端じゃなかったなと今は思ってしまいます。何で急に酒の話なのかというと、はてな匿名ダイアリー(いわゆる増田)で以下の記事が流行ってたからですね。まあ、記事というかつぶやきみたいなレベルですけど。

anond.hatelabo.jp

 私が酒を飲んでいたのは自宅ではなく近所の居酒屋だったのですが、毎日仕事が終わってから二時間とか入り浸ってビールばっかり飲んでました。飲み過ぎると翌朝までお酒が残っているので、体が重かったり若干の頭痛がしたりということがあったのですが、身近に酒が飲めて常連がいて楽しい気分になる所があると癖になってやめられないんですよね。無意識に行ってしまう、行かないと不安になる、それが飲み屋。今にして思えば、なかなかにまずい状態だったなと。お金も毎日2,000円から多い時で4,000円とか遣ってて、一ヶ月で30,000円くらいは飲み代で消えていたんじゃないかな。楽しかったので勿体ないとは言いませんが、遣い過ぎていた気はしますね。酒が好きな人で似たような状態の人は多いでしょうけど……。

 まあ、先に貼り付けた増田の記事にある通り、私はストレス発散のためにお酒を利用していたフシもあるのですが、最近はとんと酒を飲む習慣がなくなってしまいました。毎日2合くらい飲んでいたのが、1週間に缶ビール3本くらいになってしまった。体調がおかしくなったとか、金欠だとかそういう理由でもないのですけどね。

お酒が減った理由

 引っ越して近所に酒場がなくなったからです。

 すごく単純でつまらない理由ですね。しかし、自分の中には不安もありました。毎日飲み歩いていたのに、それが出来なくなって精神的な安定がなくなってしまうんじゃないかと。でも、別にそんなことはなくて、あの頃は単純に酒に依存してただけでした。飲む量が極端に減ってもストレスが溜まったりということもなく──正直に気付いたことを言ってしまうと、ストレス解消という理由付けをしてお酒を飲んでいただけだった、と。そのことに気付いてしまいました。

 引っ越し前に住んでた場所は都会で人口が190万人くらいいる場所でしたが、今は16万人くらいのところにいます。この落差凄いんですよ。飲み屋がないとかそういうレベルじゃなく、コンビニすら少ないですし、夜24時以降なんて人間どころか車すら走ってないですからね。人間がいる気配がしません。出歩くだけで不審者なんじゃないかと思われてしまう可能性もあり、結局は家でのんびりするしかないんです。

 お酒を飲みに行く場所が消滅して、缶ビールを飲み過ぎることもなく、たまに必要に駆られてお呼ばれして行く飲み会以外は外出して飲む機会も極端に減りました。でも、別にそれで「飲みたい!」とか「酒が!」とか、そういう気持ちにもならないですね。自分はアルコール依存症の兆しがあるんじゃないかと疑っていましたが、それはなかったようで良かった。環境が変わり、住む場所が変わると生活圏が変化して、毎日の行動も(今回の場合は)抑制されて、酒飲みには良いのかも知れない。減らしたいのであれば引っ越すという選択肢もありです。

酒飲みでも半年飲む量を減らしたら気分も落ち着くのでは?

 増田が二週間飲んでなくてストレス発散出来ないって書いてたけど、自分の場合はどうだったかな……引っ越してすぐの頃、そんな禁断症状みたいなのあったっけ。忘れやすい人間なので、どうにも覚えていないのもありますけど、大体のことは時間が解決してくれるんじゃないかと感じております。酒を飲む量を減らして減らして、それを半年くらい続けていればだいぶ精神的にも落ち着いてくるでしょうし、他のことでストレスを緩和することも出来るようになるのではないでしょうか。飲まないことが普通になって、飲むことが普通じゃないという逆転現象が起きます。そうなるように仕向けるのもアリかと。

 そもそも、酒は身体にもあまり良くないでしょうし、百薬の長とは言いますけど、それを方便として酒を飲む言い訳に使っている人が多いし、不健全な印象が最近はありますね。三日に一回程度、少し缶ビール飲むくらいで丁度良い気がします。野菜を食べて瞑想をするのも必要なんじゃないでしょうか。

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