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没個性テーマパーク:EXTRA

Wait a minute, wait a minute. You ain't heard nothin' yet!

改めて体験する『カウボーイビバップ 第1話「アステロイド・ブルース」』を観賞した《評価・感想・レビュー》

1998年といえば、今から19年前

 放映されてから相当な時間が経っているが、この作品は相変わらず色褪せていないなと、改めて『カウボーイビバップ』を鑑賞している。1話目からストーリーのバランスの良さ、キャラクターの格好良さ、謎を含む興味が唆られる展開、何をとっても素晴らしい。私がそう感じるということは、もしかして自分の感覚・センスは20年前でストップしてしまっているのか? と、そんな気もしてしまう。悲しいが、まあ、それはいいや。

 過去に全て観たのがいつだったかは忘れてしまったが、二十代の前半くらいだったかな? まだ学生時代だったのでアニメばっかり観てた。小説ばっかり読んでた。うだつの上がらない学生だったので将来に漠然とした不安を抱えてはいたが、とりあえず無事にやっているから当時の私には「心配するな」と言ってやりたい。あ、また脱線した!

 ところで、『カウボーイビバップ』は本来全26話構成の作品なのだが、テレビでは1クールしか枠を確保出来ず、13話のみの放映となったそうだ。その後、別の放送枠で全話が放送されたという変わった経歴を持っている。今では配信サービス(dアニメなど)で観ることが出来るようになって良い時代になったものだ。

 さて、いつもの無駄話は置いておいて、そろそろ感想を書いていきたい。

アステロイド・ブルース

 以下、ネタバレを含むため、閲覧注意。

 そもそも、アステロイドってなんだっけ? と思って調べたのだけど、どうやら『小惑星』という意味なのだそうで、そこにブルースなので、和訳すると<小惑星歌曲>という感じか。センスある。第1話としてこれほどにない良いタイトルではないだろうか。

 この話では賞金首を追うカウボーイとしての主人公(スパイク&ジェット)の仕事、追われる側の人間の哀愁、小気味好いアクションと、物語に入り込みやすい作りがされているように感じる。特に、主人公のスパイクの人となりがよく分かる点が素晴らしい、スパイクは単純にカッコ良いのだけど、特に発言のセンスが良い。ちょっと間違ったらクサいセリフになってしまう彼の言葉なのだけど、そこは名声優の山寺宏一が演じるだけあって、何を言ってもイケメンになってしまう。このような台詞回しに関しては非常に参考になるな、ということで特に集中して聴いている。

 ふと俯瞰的に見てみると、第1話は導入部であるからか、至って普通のストーリーに思える、しかし、そこはかとない格好良さを感じるのは何故かと考えてみると、それは演出と音楽、舞台装置が優れているからなのではないだろうか。例えば、同じ話をしているのに退屈な語り口の人と熱中させる語り口の人がいるが、それと同じなんだろうなと。

 世の中には数多の物語があるが、人に注目されることを目指すのであれば、改めて語り口(人を熱中させる演出)も重要なんじゃないか。

 久々に、気付きを得られる経験だった。これがあるから過去の作品を見返すことも大事なことだなと思う。

 最後に、スパイクのカッコ良い言葉で終わります。なんか、今回の記事はカッコ良いしか書いてないけど仕方ない。カッコ良いんだから。【管理番号:か001-001-001】

「目に頼り過ぎなんだよ、カメレオンじゃねぇんだ、アチコチ見えねぇのさ!」

by スパイク・スピーゲル(カウボーイビバップ 第1話より)

平坦なドキュメンタリータッチとしての映画『戦場のピアニスト』を鑑賞しました《評価・感想・レビュー》

相変わらず前情報なく何となく鑑賞する

 映画を観る時に、敢えて事前にどんな作品なのかを調べないことがよくある。それが正しいか間違っているかはよく分からないけれど、生粋のジャケ買い男としては、そんな無鉄砲なやり方もアリなんじゃないかと思っている。別に面白くない作品だったとしても良いし、面白くない作品だったとしても、それなりに語りがいはあるもんだ。中身の分からないブラックボックスに手を突っ込んで、感触だけでそれが何かを探り出すことには楽しみがある。どうせ、繰り返されている毎日だってそんなもんだし、フォレスト・ガンプだって「人生はチョコレートの箱のようなもの。 開けてみるまで中身はわからない。」と言っている。ちなみに、『フォレスト・ガンプ』はまだ観ていない。予告は観たけど、近々体験してみようと考えている。このセリフは何となく知っているだけ。

 さて、『戦場のピアニスト』だが、タイトルから戦争映画であることは何となく分かっていたけど、舞台がどこかとか、そんなことは知らなかった。実際に観てみるとナチス・ドイツの映画か……主人公のピアニストが迫害されていて大変そうだった。居た堪れないお話ではあるが、歴史的な価値はありそうな作品だと感じた。

 ナチスが絡んで来る作品で私が経験したことがあるのは、最近だと手塚治虫『アドルフに告ぐ』ですね。スリルがある話だった。後は昔々に『善き人のためのソナタ』だが、これは微妙に舞台となる時代が本作とは異なっているのかも。

 いずれの作品にもいえるが、戦争が生む陰鬱さ、人間の残酷さを明確に描いている物語は、実際にあった事柄をベースにしていることも多いからか、どうにも緊張感が薄れてしまう。ドキュメンタリータッチの映画は実話を元にしているから脚色されたドラマティックな話はない。そんなのは至極当然だし、それはそれでいいんだけど、やるせないほど途轍もなく淡々としている。そのせいか、映画を観ている私には緊張感が芽生えなかった。

あらすじ

 ユダヤ系ポーランド人のピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマン(エイドリアン・ブロディ)はいつものようにラジオ局でピアノを弾いていた。しかし突如として彼の住む街は戦争に巻き込まれる。すぐに終わるであろうといわれた戦争だったのでシュピルマンは家族と共に安堵していたが、予想とは裏腹にナチスによる侵攻が進む。非人間的な扱いを受けるユダヤ人は次々に虐殺されてゆき、シュピルマンは家族とも離れ離れになってしまう。一人取り残された彼は、第二次世界大戦を生き延びることが出来るのか?


あの名作をデジタルリマスター版で!映画『戦場のピアニスト』予告編

ビジュアル的に当時の世界を振り返る

 こちらからネタバレも含むため、未見の方はご注意ください。

 本作は実際にナチス・ドイツから迫害を受けたロマン・ポランスキー監督がメガホンを取っている。そのせいか、当時実際に起きていたことを丁寧に描いている……ように見える。私は経験していないので事実かどうかは分からないが、ナチス・ドイツによる残虐な振る舞いは身につまされるものがあった。ビジュアルが伴っているので「こんなことするの、本当に人間なのかな?」とは思った。まぁ、おいそれと考えなしに人間を銃殺したり、車椅子から立てない老人を高い所から投げ飛ばしたりする様は、それなりにショッキングな光景ではある。ただ、残酷な世界を描いているのは分かるのだけど、血液や臓物が飛び散る訳ではないので残虐感は薄い。その辺はさっぱりとした無闇なキレイさを感じてしまう。これは別に、血液や臓物が飛び散って欲しいと言っている訳ではないので、そこは誤解せず察して欲しい。

緊張感を得られなかった理由

 何故、ユダヤ人が残虐な行為をされているのに緊張感がないんだろう? と、疑問に感じたので考えてみたのだけど、何となく私が辿り着いたのが、酷い行為をされてしまうユダヤ人達に<諦めの悪さ>もっと言えば<みっともなさ>がなかったからじゃないかと思う。この映画で出て来るユダヤ人やポーランド人は綺麗過ぎる、清潔過ぎるのだと感じた。ストーリーの中で、ドイツ軍人の残虐行為で撃ち殺される人間は沢山出て来るが、みんな銃弾一発でほぼ確実に殺される。撃たれる箇所によるが一撃必殺は不自然じゃないか? いや、そりゃ頭を撃たれたら即死するだろうけど、腹を撃たれたら逃げるなり足掻いて反撃するなり、そうした「ダメだと分かってはいるけどやり返して一人でも道連れにしてやる心意気」ってのが一切出て来ない。

 これは別の言い方で先述した「みっともなさ(どうせ死ぬけど立ち向かう姿)」というものなのだけど、どうにもみっともない人間がこの映画には全然出て来ない。だから、凄く一方的で感情が希薄で淡々としていて緊張感がない。象が蟻を踏み潰し続ける様を観察していたとしても、そんなものには何も感じない。力の差があってもみっともなくても諦め悪く立ち向かって散るのが、ある種では人間らしさではないのだろうか。そういう姿はほとんど描かれない。さすがに、実際はそういうことあったでしょう、少しのケースでも、ダメ元でドイツ軍人に歯向かったユダヤ人だっていたはず。

 本編で唯一、ユダヤ勢力のレジスタンスがナチス・ドイツに反撃を企てて実行するシーンがあるが、シュピルマンの目を通して見ているからか、戦局が明確に描かれず、まるでテレビの映像を眺めているかのようだ(当たり前のことを書いているが、つまりシュピルマンにとって肉眼で見詰めているのにニュースを観ているかのような現実感のなさ)。ロマン・ポランスキー監督は自身の生い立ちのこともあるだろうが、徹底的にドイツ人だけを悪者に描こうとしたのかも知れない、迫害される側はか弱き羊で、とにかく力のない哀れな者として描いている。だから反撃しない、していても力の差があり、印象が薄い。

 ただその中で、シュピルマンだけは醜くても生き恥を晒しても、とにかくこの戦時下で生きることだけを追求していて、比較的に人間らしい人間として感じられた。みっともないから、人間らしい。それから、シュピルマンを救ったドイツ人将校のヴィルム・ホーゼンフェルトも、彼が放った最後の一言で強い人間らしさを感じることが出来た。みっともなくて良い。それくらいが印象に残ったことかな。少ないね。

 どうにも、私がこの映画を観ていて再認識したのは、やっぱり自身の映画の見方が相当に歪んでいるなぁ、ということ。本作はつまらない作品ではなかったし、実話を元にした映画として多大な評価を受けている点も含めて、歴史に残すべき作品なのだろう。しかし、私には淡白過ぎて肌に合わなかった。もっと泥臭い人間が出て来ていれば評価も変わったかも知れない。よって、手放しで絶賛するつもりはありません。単純に肌に合わなかったという感じでしたね。

難病少女の願いを叶える『君は月夜に光り輝く』を読みました《評価・感想・レビュー》

死が間近の少女との関わりを淡々と描いた作品

 本作は第23回電撃小説大賞<大賞>を受賞した作品。前回紹介した『ただ、それだけでよかったんです』と同様に大賞なんです! 別に私は大賞作品を選定して本を買っているわけではないのですが、この作品も表紙の印象が良かったんですよね。超泣ける! みたいなのを期待して買ってみました。実際はどうなんでしょうか。

『ただ、それだけでよかったんです』は私の壮絶な勘違いで感動作ではありませんでしたが、本作は帯文とか、作品紹介とかちゃんと読んで購入しましたから、ストーリーは期待しても良いはずですが……。

 そういったわけで、早速読んでみたところ、なかなか良いお話というか「すごく真っ当な内容だな」という印象を受けました。意外性はなく、とっても淡々としているのですが、作者が描きたい世界は伝わってきました。題材が<難病>ですから、読み手側の好き嫌いもあるでしょうけど、別に病気だけを前面に押し出しているわけでもありませんし、色々な試みもされていて、リーダビリティも高く読みやすかった。読後感も悪くありません。しかし、強烈に胸に突き刺さるものはなかったかな。

 作者の力量はこれから伸びていきそうな印象ですので、次回作に期待したい。本書は324ページですが読書時間は3時間程度でいけそう。圧倒的に読みやすいので。

 あらすじ

 高校生になった僕は友人から頼まれ、一度も会ったことがないクラスメイト渡良瀬まみずに会いに行くことになった。彼女は「発光病」という難病に侵されており、余命が幾許も無かったが、彼女には死ぬまでにやりたいことがあった。僕は彼女がやりたかったことを代わりにやることに決める。そうして、僕たちの濃密で儚い関係が始まった──。

dengekitaisho.jp

難病というジャンルの難しさ

 いつも通りですが、この辺りからネタバレを含む感想となりますので本書を未読の方は読んでから読もう!

 さて、『君は月夜に光り輝く』で題材となる<発光病>というオリジナルの病気について、この病気は発症してしまうとほぼ確実に死に至ってしまうという恐ろしいもの。効果的な治療方法は確立されておらず、ヒロインのまみずちゃんもご多分に漏れず死を待つ身なのでした。

 発光病の患者は月に照らされると体が仄かに発光します。死が近付くにつれて光の強さも増していくという感じなのですが、これだけ聞くと「儚い! なんて切ないんだ」とは思いますけど、病気のメカニズムについてはほとんど説明がないんですよね。私は発光病がいつから世の中に現れたのか、その成り立ちや病理学的な観点からの記述、発光病の原因と医学が直面している問題、治療方法を編み出すことが出来ない理由とか、そういうある種、SF的な要素を述べて欲しかった。これがあれば、もう少し発光病というものに対してのリアリティを感じることが出来たはずなんだけど、まぁ意図的に削ぎ落としたのかな? 病気の背景を長々と描くよりは、主人公とヒロインの交流に重きを置くべきと判断したのだろうとも思うし、実際に主人公とヒロインの心の触れ合いが主軸にはなっていたけど、病気でヒロインが死ぬなら<何だか良く分からない病気で、何となく死ぬ>よりは、もう少し外堀を埋めて、説得力を持たせた病気設定をして欲しかったのもあったりする。難しいですよね……。デビュー作ですから、投稿するのに文字数の関係もあって、なかなか上手くはいかないのも分かるけど。

 身体が発光するという部分から深海魚を思い起こしていたのですが、そのあたりと絡めるのもアリだったんじゃないかと。ある免疫を持たないヒトに限定で感染する発光バクテリアがいたとして、そのバクテリアは人体で徐々に増殖し、月光に反応して光る度合いが強まっていくとか。しかし、そうなると発光するということに対して気味の悪さが生じてしまうだろうか? まあ、つまりは私の趣味なのでどうでも良いことなのだけど。

主人公とヒロインの関係性

 これはとても爽やかで良かった。青春してるね! って感じ。ヒロインの無茶な願いを叶え続ける主人公には必然性は感じられないのだけど、主人公がある理由から人生投げやりに生きていることに対して、<彼女の願い>が主人公の生きる目的に変わっていっていったのは上手いプロットだなと思いました。そこが重なったお陰で、主人公の毎日に張り合いが出て、人生が変わっていくというのは読み手にとっても楽しい瞬間なので「いいなぁ」と。

 私も超絶美人な娘にお願い事をされたらそれを叶えるために頑張るでしょう。人間って目的を持って生きるには切っ掛けが必要ですから、本作の主人公にとっての切っ掛けが、渡良瀬まみずとの出会いだった、というのは運命的でロマンチックで美しい。儚くて簡単に崩れてしまいそうな関係性だけど、だからこそ逆に強固に繋がっていたのかも知れませんね。最終的に関係が終わってしまう時が見えていたからこそ、それまでの間は……というわけで。

救われないのが良い

 こういった主人公とヒロインの物語で、特にヒロインが窮地に立たされている時、読者の願いとしては「救われてくれ〜!」なんだけど、実際この作品でも渡良瀬まみずが「救われないかな〜?」と思いながら読んでいたのも事実なのだけど、最終的に救われないのが良いですよね。本作の不治の病である<発光病>は生還している者が皆無ですし、物語の冒頭からヒロインが救われないってことも理解は出来ているのですが、それでも助かって欲しいなぁ、と思うのはやっぱりキャラクターの魅力なんだと思います。純粋無垢な人物には死んで欲しくはない。だからこそ、ちゃんと最終的にきっちりと亡くなるのは作者が誠実に物語を描いていることがよく分かって「真っ当な小説だな!」と感心しました。それだけ展開も丁寧だったってことです。

 死ぬと分かっていた人物が死ぬ物語を淡々と描くことは、そりゃ意外性とか驚きとかは少ないですし、私のような曲がった人間にとっては心に残るものもそんなに無いのですが、別に本書が退屈だったということはありません。真っ直ぐな気持ちを持ったまま真っ直ぐにエンディングへと突き進んでいく、そんな作者の矜持が見えた作品です。

 きっと、この作品は全体的に見ると悲劇の物語なのでしょうけど、それでも希望に溢れている結末でしたので、何とも読後感は良いのでした。

 作者の佐野徹夜による次回作も楽しみです。ちゃんと買って読もうと思います。

絶望への強烈なカウンター『ただ、それだけでよかったんです』を読みました《評価・感想・レビュー》

いじめの多面性を描く意欲作

 第22回電撃小説大賞<大賞>を受賞した本作。第22回の応募総数は4,580作品だったそうです。相変わらず電撃小説大賞の人気度が高い。

 私は本作の表紙だけ見て、何だかロマンチックな絵柄でしたので「感動作なのか!?」と思って本書を購入しました。正直なところ、それは壮大な勘違いで、全くこの小説は感動作ではなく、むしろ超ブラックな内容なのでした……。

 しかし、読み終わって思ったのは「この作者は凄い挑戦を仕掛けて来たな。あと、電撃文庫の編集部の挑戦意欲も凄い!」というものでした。この内容で、どうして電撃小説大賞に応募したのかは全く分かりませんが、大賞を受賞したのですから正解でしたね。最近の電撃小説大賞受賞作の多様さには目を見張るものがあります。メディアワークス文庫があるから、というのもあるでしょうけど、編集部の「世の中に様々な、通り一辺倒ではない小説を送り届けよう!」という気概すら感じます。

 さて、見出しにもある通り、本作は<いじめ>を鮮烈な描写で綴った挑戦的なストーリーです。作者の松村涼哉は学生時代に社会学を専攻していたようですから、そうした面も本文に効果的に現れているのではないでしょうか? 多分。楽しめる……内容なのかは人によるかも知れませんが、なかなか衝撃度の大きな読書経験となったことは間違いありません。本書は280ページの文庫で読書時間は3時間弱といったところでしょうか。

あらすじ

 ある中学校で男子生徒のKが自殺した。彼は謎めいた「菅原拓は悪魔です」という遺書を残していた。菅原拓は自殺した生徒のクラスメイトであり、Kを含めて4名の生徒を支配し、凶悪ないじめを繰り返していたようだ。しかし、当の菅原拓はそんな人間には見えない、むしろどちらかというと暗く物静かな生徒だと周囲には認識をされていた。いじめを受けていたKを含む4名は明るく活発なグループで、菅原拓とは正反対の存在であったのに、どのようにいじめを受け、追い込まれていったのかが誰にも分からない。謎が謎を呼ぶいじめの真相に、Kの姉が使命感を持って挑む。だが、この事件には誰にも予想が出来ない、恐るべき真実が隠されていた。


第22回電撃小説大賞〈大賞〉受賞作『ただ、それだけでよかったんです』PV

 PVがあってビックリ

 いや、今の今まで知らなかったのだけど、最近はこうやってPVもあるんですね。電撃やるなぁ。本作を読み終えた私が見ても、上手く出来ているPVです。物語のおいしい部分をしっかりと表現していますね。

 他の受賞作のPVもあるのかな? その内、調べてみようと思います。

読むなら覚悟をして読むべき作品

 さて、こちらからネタバレを織り交ぜながら本作について感想を綴ろうと思います相変わらず、前段が長いのは申し訳ありませんが、ご容赦ください。

 本作の主人公は誰だったのか? 最初は勘違いをしておりまして、自殺の真相を探るKの姉だと思っていました。この小説は、基本的にはKの姉と菅原拓の二者によって語られていきます。お二人が語り部なわけですね。Kの姉は現在を語り、菅原拓は過去を語る役割です。その二人の視点が行ったり来たりして物語の真相に近付いていく、と。この構成自体はミステリとして良く出来ている印象を受けます。読者自身も事件の真相を探りつつ、お話に参加出来るわけですね。Kの姉は天然っぽい所もありますが、良きお姉さんといった感じで、弟の死の真相を探っていきます。

 Kの姉は行動力が抜群で、事件の外堀から調べ上げ、更に事件に関わりがあったと思われる人物に体当たり取材を続けます。これは、無鉄砲でないと出来ないことですが、それだけKの死に対して自分は何も出来なかったということに責任を感じてでしょう。なかなか泣かせる姉弟愛です。

 しかし、読み続けていく内に、このお姉さんと読者が真相に近付いていく度に、どうしてKが自殺したのかが徐々に明るみになっていくのですが、もう先にも書きましたがマジで驚愕の内容ですからね。私は思わず「マジか! そんなことがぁ!」ってなりましたからね。本当に居た堪れない結果に繋がっていくので、全部の真相が分かると感情が真っ黒になります。それくらい覚悟して読まなきゃならない小説なのです。

 なんで、感動する作品だと思ったんだろう? 間違えても感動はしないと思いますが、動揺はする作品です。ちなみに、主人公はKの姉ではなく菅原拓だった、というのも読み終わると分かります。

登場人物がクズい

 見出しで書きたいこと書いちゃいましたが、出てくる登場人物達がもうクズ過ぎて凄い。右も左もクズだらけです。まともな人間を探す方が苦労しますが、私の印象だとまともな人間は全登場人物合わせて1人くらいしか思い浮かびません。嗚呼、なんて世知辛いストーリーなんだ。心が病む。しかし、この多人数のクズっぷりを描いてくれた作者には喝采を送りたい。なかなかここまでは書けないと思うから。

 読書体験っていうのは、単純に感動だけを追い求めるのではなくて、世の中の暗部も知る事が出来る点が優れていると思います。闇を描く事によって「辛過ぎる! しんど過ぎる!」という印象を読者に与えるのも作者次第です。そう考えると、なかなかこのクズの描きっぷりは褒められる点だと個人的には思うわけです。

 最初は良い人だと思ってたあの人も、あれ、この人も? もしかしてこいつも!? うわ、クズばっかりや! と、気がつく頃には術中にハマっている感覚がありました。ただ、本当に優しくて誠実で人を助ける事に生きがいを感じるような人間なんて世の中には一握りしかいないでしょうから、真実の一端を突いていると言えば、そのような気もします。多分。

 登場人物達の清々しいクズっぷりは、なかなかこれまでの小説では体験出来なかった部分です。戸梶圭太の小説にはクズが沢山出て来ますが、それともまた違うクズっぷりですからね。しかし嫌いじゃありません。

物語の中枢を担う設定『人間力テスト』

 菅原拓が通う学校には、他の学校では実施されていない『人間力テスト』なるものがあります。これは物語の冒頭から解説が入るので、噛み砕いて簡単に説明してみます。

 人間力テストとは──学校に通う生徒同士が優れた人間を抽出するために実施するものである。例えば生徒にはこんな出題がされる。「政治家になるために必要な素質とは? 次の3つから選びなさい」「会社で出世するために必要な能力とは? 次の3つから選びなさい」。例えばこれらの回答が<発言力><優しさ><頭の回転>などだったりする。そして、次の設問には「クラスで一番、発言力があるのは誰か」「クラスで一番優しいのは誰か」などの回答を、自分以外の生徒名を入れて答える。これらを集計して、人間として優れた者を具体的に抽出し、ランキング形式にする。これがえげつない人間力テストというもの。

 このテストの結果は、学校側はすべて把握しているが、生徒自身には自分の順位だけが分かるようになっている。うーん、面白いですね。この物語には、この『人間力テスト』が根底に組み込まれていて、生徒達の悲喜劇を表面化させています。

 ちょっと勿体無いと思ったのは、この魅力的な設定を描いていたにも関わらず、実際に人間力テストが実施されているシーンがなかった事ですね。これが描かれていて、更に本筋と逸れても良いから別の生徒達のいがみ合いなんかが書いてあると、このテストが生徒達にどのような影響を与えているのかが、もう少し分かりやすくなったんじゃないかな。

 まあ、必要ないから削いだのでしょうけど。設定は優れていると思いました。実際に、現実でこのテストが導入されたら一瞬でPTAに潰されそうですけどね。恐ろしいテストだわ。

Kについて思ったこと

 超ネタバレになりますが、自殺をしたKはもともと菅原拓と親友同士だったという話があって、過去のエピソードではその仲睦まじさが好意的に、そして優しく描かれています。しかし、この二人がある出来事をキッカケに、全く違う関係性に陥ってしまいます。「ええ! そんなことあるのか?」と正直思ってしまいました。何せ、Kと菅原拓の仲の良さは強固な信頼で結ばれているように感じたからです。しかし、この学校のシステムや些細な見栄とか、人間関係とかが絡み合って救いようのない間柄となってしまった時に「そこまで変わってしまうのか?」なんて風には感じた。ちょっと、この二人の関係性の変化が、看過出来ない程で、それは余りにも不自然な感じがしました。この不自然さを取っ払うには、どういう表現が本来正しかったのかは分からないが、私はKにだけはまともであって欲しかった、と思ったのかも知れない。

 Kもまともじゃなかった。悲しい。

 Kはこの物語の中で唯一、死者として扱われるから、死者は酷く描いて欲しくなかったのかも、無意識的に? だけど、そうもいかなかったので、結論として、菅原拓にしてもそうだが、この物語で救われた人間は誰一人いなかったんじゃないか? と思います。これだけクズばかりの世界で、Kや菅原拓が救われないで終わったら(Kは死んでるけど)、結局何を描きたかったんだ? と言わざるを得ません。何だが結末辺りで菅原拓は救われたみたいな感じで描かれてたけど、あれでは本質的には救われてないんじゃないのか? まぁそれは読み手次第だとは思うけど。

 ここで物語の最後に、誰かに対しての救済が明確にあったのなら、もう少し人に薦められる作品になったのではないかと思うと少し残念な気もします。しかし、それすらも作者が意図しているのであれば、良い意味で私の完敗とも言えるのですが、それはもう、正直なところ分かりません。だからこそ、読むのには相当な覚悟が必要だと感じるわけです。ぶっちゃけお薦めはしませんよ。このテキスト読んでる人は、もう読んだ後の人でしょうけど……。

 ちなみに、私は懲りない人間なので、作者の二作目も読もうと思ってます。もっとクズが沢山出て来たら良いなぁという期待も込めて。

ネガティヴ人間の心情の移り変わりを丁寧に描いた『三日間の幸福』を読みました《評価・感想・レビュー》

ネガティヴ耐性が必要かも

 本作は<げんふうけい>名義を用いてネットでも活躍していた、元Web小説家、三秋縋の小説作品です。前々から気になっていて今回やっとのことで読んでみましたが、もう主人公が凄くネガティヴで辛かった(褒め言葉)。

 鬱屈系主人公の小説はこれまでも読んだことがありますが、本作もかなりのネガティヴ度合いではないでしょうか。表現やストーリー展開など、とても丁寧に描写されていましたので、リーダビリティの高い小説ではありますが、ネガティヴ耐性がない方が読むと終盤あたりまでは大変な思いをするかも知れません。ただ、ハッピーエンドを想定させるタイトルと、序盤からとにかく鬱々とした毎日を繰り広げる主人公に「きっとこの物語にも最終的には救いが訪れるはずだ!」と、そんな期待をしながら読み進めました。さて、結果はどうだったでしょうか?

 ちなみに、今回の読書時間は2時間程度でした。本書は166ページの文庫。

あらすじ

 人生の薄暗さに嫌気が差していた俺は、ある日寿命を買い取ってくれる店があると噂に聞く、半信半疑ながらもその店を訪れ店番に俺の値段を査定してもらうと、なんと1年につき1万円という衝撃的な結果が出る。将来に良いこともないことが分かり、未来を悲観した俺は、僅かの余生を残し大半を売り払ってしまう。

 残りの人生でやりたかったことをするが、何をしても裏目に出てしまい、更に絶望の淵へと歩み寄っていく。そんな俺の魂の拠り所となるのは、余生を見守る監視員のミヤギだった。彼女との毎日が、少しずつ俺の人生を変えていくことに、残り僅かの時間で俺は気付くことになる。

mwbunko.com

とにかく辛いストーリー

 ここからネタバレも交えての感想となりますのでご注意ください。

 物語冒頭から鬱々とした主人公の一人語り、過去の回想が始まります。曰く「昔は良かった。俺が10歳の時は……」といった話が主体です。

 主人公のクスノキは子どもの頃は大変頭が良く、周囲の人間を見下していたと、俺は将来とても立派な人間になるのだと、そんな風に考えているようでした。しかし、10歳だった頃から時が経ち、大学生になってみると、実は自分は大抵の人間と変わらない<普通の人間だった>と気が付いてしまいます。いや、それどころか、周囲の人間と積極的にコミュニケーションを取らなかったことが災いし、普通の人間以下の存在、価値としては最低の人間であると分かってしまいます。

 あらすじにも書いた通り、クスノキは寿命を買い取ってくれる店で自分を査定して貰った時にその事実を知るのですが、実際にとても辛いことだっただろうと思います。彼がその現実を受け入れられず「それでもいつか良いことがあるはずだ」という考えに陥ることさえも、未来に起こる出来事すら把握している査定業者(神なのか?)によると、クスノキの人生には良いことなんて一つもないということが確定してしまいます。

 これが本当に辛い。辛すぎる。

 我々というか、私もそうなのですが「いつかきっと良いことがある」と信じて生きている人間は多いはずです。しかし、それは自分自身の正常性を保つために自己を納得させているだけで「大体、このままの毎日を過ごせば、大して良いこともなく、しかし悪いこともなく、普通に人生は終わってしまうのだろう」なんてことも、心のどこかでは気付いてしまっています。ですが、その現実を受け入れて残りの人生、仮に50年あったとして、それを知ったままに生きるのは余りにも困難です。だからこそ「いつかきっと良いことがある」と自分に言い聞かせることによって、悪い言い方をすれば、自分を騙して生きているのではないでしょうか。それが普通でしょうし、当たり前な考え方だと思います。

 この小説の主人公は、そうした救いようがない事実を現実的に目の前に提示されてしまうわけですから、よくその時点で精神がぶっ壊れなかったなと、ある意味では感心してしまいます。価値のない自分の余生を大半売り払って、残りの人生を有意義に過ごすため、これまでやれなかったこと、でもやりたかったことを実行に移すという筋書きには、なるほどと思わされました。

やりたかったこと、とは?

 自分がもうすぐ死んでしまうと分かったら、人はどうするのか? というのは様々な物語や現実世界でも普遍的なテーマとして取り扱われますが、クスノキもご多分に漏れず<会いたかった人に会う>といったようなことを考えます。クスノキは幼少時代に唯一心を許していたヒメノという女性に会いたいと考えるわけですが、そうした些細な願い、自身が心からやりたかったことをやってみても、この物語ではことごとく裏目に出てしまいます。

 自分が心を許していた人が逆に、自分に好印象を抱いているなんてのは、まやかしだと、そんな保証はないということを教えてくれます。本書に限っていえば、かなり痛みを伴うエピソードでその現実が語られていくのですが、まあ辛いですね。結局、クスノキは、自身が見ていた他者と、他者から見られている自分の整合性を見失っていくわけですね。この小説では、そうした世界から裏切られ続けていく主人公を読者が観察することになります。我々もミヤギと同じく監視員の立場なのかも知れませんね。

 この辺りの描き方には、一個人が死ぬ前にやりたかったことをすることが、世界を変える切っ掛けにはなり得ないという作者のメッセージも読み取れます。クスノキは他者と接する内に、自身が世界からどう見られているのかを肌に感じていくわけですが、そこに来てやっと自分という人間が、世界にとっては取るに足らない存在であることを認識していきます。残酷な話ではありますが、クスノキにとっては、そうした事実が突き付けられることによって、良い意味で人目を気にしない自分の本来の姿を取り戻していくという結果に繋がっていきました。

残りの余生を誰かのために生きようという決断

 本書のタイトルである『三日間の幸福』の意味合いは、物語のラストで明確に描かれているのですが、この幸福については読み手によってハッピーエンドかバッドエンドか評価が分かれる部分だろうと思われます。私はどっちかな……シンプルな考え方でいうと、当事者にとって幸せであったならハッピーエンドだったのではないかと思われます。ただ、他者から見たら、バッドエンドかも。

 しかし、作者の意図としては<どちらでもない>が正解だったのではないでしょうか。本書の「あとがき」を読むと明確に描きたかったことが分かるのが親切です。攻略本くらい親切。

 主人公のクスノキは自らが生き辛くなるように物事を選択して生きて来た馬鹿であると、その馬鹿も自らの人生の残り時間を明確に認識することによって、やっと馬鹿な自分から解放され、自分が目を背け続けていた世界とやっと対峙することが出来ると。自分が拒否し続けていた世界がいかに美しく尊いものだったかを初めて認めることが出来ると。ただ、そうした認識を得ても、彼には残された時間は少ないのですが……。

 そんな彼が僅かの時間を最も自分が幸せだと感じられる結果を得ることが出来たのは、それはそれで満たされた結末となるのではないでしょうか。この、<満たされた>という点には幸福か不幸か、という意味合いは該当せず、単純に言い知れぬ充足感というものとご理解頂ければと思います。

 色々と考えさせられる小説であったことは確かですが、読み手を選ぶのは間違い無いでしょうね。感動巨編といった話ではありません。とても淡々とした内容ですし、起伏に富んだエピソードが含まれているわけでもないです。また、個人的にはヒメノとの邂逅についてはもう少し説得力を持たせた、彼女がクスノキのことを何故そう捉えるようになったのか、その理由をページを割いて描写して欲しかったですね。

 著者の小説はまだ何冊か買ってますので、引き続き読んでいきたいと思います。

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